春風が登校して、授業を受けて、クラスメイトと他愛もない会話をして、といういつも通りの日常を過ごして、今日は水曜日だから早めに帰れるなーと呑気でいた。
この後、最悪な目に遭って平和を失ってしまうなんて知らずに。
帰りの会が終わると春風は友達と下駄箱に向かっていた。
靴を履き替えて、校舎から出ると校門あたりで女子たちがなにやら騒いでいるのが見えた。
女子たちの声は焦りやじれったさを感じさせられた。
「はぁ…なんで、門が開かないの?」
…『門が開かない』って?
春風はその言葉に不審感を覚えた。
女子たちは校門が開かないことに騒いでいたようだ。
が、一般的にそのようなことは起こり得ないのだ。
鍵さえ掛かっていなかったら簡単に出られるはず。
では、別の理由で開かないのだろうか。
「はるちゃん。帰れないみたいだけど、どうしようか?」
春風の隣にいた友達である 犬飼らっきー (いぬかい らっきー) が春風の名前を呼び、そう言った。
犬飼は生徒会所属の男子で、天然パーマのせいで焦げ茶の髪をあちこちに跳ねさせていた。
どうするにも何も、先生を呼べばすぐに済む話ではないか。
そう言えば、先ほどから先生を誰ひとりも見かけなかったような。
「ねぇっ、職員室に先生が誰もいなかったんだけど…!」
先生を見かけなかったことに対し疑問を感じていると同時に、校舎から慌てたように出てきて早々、そう発したのが 霊野雪御 (れいの ゆきみ) だ。
霊野はワイシャツの上に灰色のベストを着ていて校則違反のパーカーを着用している。
なぜだか春風に対して当たりが強く、ついに嫌われてしまったのかと思う。
勘違いならいいのだけれど。
その後に、霊野の親友である 桃瀬酔椛 (ももせ すいか) も長い髪を揺らしながら続くように走ってきた。
柔らかさを感じる上品な桃色の瞳と髪を持つ桃瀬は、友達以外は基本的に敬語という姿勢を崩さなかった。
「…職員室に誰もいない?」
霊野の言葉に犬飼は信じられないというような反応をする。
春風も同じように驚いていた。
職員室に先生が誰一人して不在なことなんて、ありえないからだ。
「校門が開かないって聞いてさ、すぐに私と雪御で先生を呼びに行ったんですよ。けど、まぁ雪御の言った通りで。…しかも、職員室は強盗が入ったかのように荒らされていていました」
桃瀬もこの非常事態さに気づいたのか少し青ざめた顔で焦っていたようだが、それでも淡々と事情を説明した。
校門も開いていなければ、先生もいない。
今ままで体験したことない災難に遭ったせいで心臓が早鐘を打ち始める。
頼れる人はいない。
誰か、誰か助けてよ…と無意味だとは知ってもそう祈られずにはいられなかった。
一体、どうしたものか。
「…ねぇ、一回教室に戻ってみない?もしかしたら、帰る手がかりとかあるかもしれないし!」
どんよりとしていた空気を破るように震えた声ながらもそう提案したのは 猫羽詩 (ねこは うた) だ。
猫羽は生徒会長を務めており成績優秀、それに加えて運動もできて楽器も弾けるなど多彩で一見は優等生に見える。
帰ることもできないし、他にできることも思いつかなかった春風たちはそれに頷くと、重たい足取りで校舎へと戻っていった。
これからどうなってしまうのかと、不安を抱えながら。
