社内に広がった噂は、もう止められないほど大きくなっていた。
 「西園寺さんと佐伯さん、やっぱり付き合ってるんだって」
 「お似合いだよね。部長よりも、ずっと優しそうだし」

 笑い交じりの声が廊下にこだました。
 そのたびに胸が痛んだ。



 夕方の会議。
 私は必死に資料をめくり、声を震わせながらも説明を続けた。
 そんな私の隣で、佐伯がさりげなく言葉を補う。
 「彼女の提案は十分に実現可能です」
 支えるような視線と声。

 ――頼もしくて、心強い。
 それなのに、正面に座る蓮の視線が鋭く突き刺さるのを感じていた。



 会議が終わったあと、資料を片付けていると、蓮の声が背後から落ちてきた。
 「……ずいぶんと仲がいいな」

 低く、抑えられた声。
 「部長、それは――」
 言い訳を探す私を、彼は冷ややかに見下ろした。

 「仕事中まで寄り添う必要があるのか」

 その言葉に胸が張り裂けそうになった。



 「誤解です……佐伯さんは、ただ助けてくれただけで」
 必死に声を震わせる。

 「誤解?」
 蓮は苦笑を浮かべた。
 「噂になっている時点で、君はもう傷ついているだろう」

 彼の言葉は冷たく突き放すようで、それ以上に苛立ちを含んでいた。



 夜。
 残業を終えてオフィスを出ると、エントランスで彼が待っていた。
 「送っていく」
 有無を言わせぬ声。

 車内の空気は重く、沈黙が続いた。
 やがて彼が口を開いた。
 「……佐伯と一緒にいるとき、お前はよく笑うな」

 驚いて顔を向けると、彼の横顔は硬く、拳がハンドルを握りしめていた。



 「俺の前では……泣いてばかりなのに」
 掠れた声が胸に突き刺さる。

 「……部長、それは……」
 言葉が出てこない。

 「俺は、君を泣かせてばかりだ」
 苦しげな横顔。
 その瞳の奥に、嫉妬と後悔が入り混じっているのを、私は気づいてしまった。



 ――嫉妬に揺れる蓮。
 彼の想いが確かにそこにあるのに、素直に口にできない。
 だからこそ、その不器用な言葉のすべてが、私の心をさらに乱していく。