雨の夜の再会から、心はずっと落ち着かなかった。
 彼の冷たい眼差しが、胸の奥の古傷を無理やり抉り出す。

 ――十年前。
 あの日も、冷たい風が吹いていた。



 放課後の校舎裏。
 呼び出された私は、緊張で胸を高鳴らせながら彼の言葉を待っていた。
 いつもは無口で、けれど優しい眼差しをくれる彼。
 だから、そのときも私は「きっと告白だ」と信じていた。

 「……悪い」
 蓮が低く呟いた。

 「もう、これ以上一緒にはいられない」
 頭が真っ白になった。
 「え……どうして? 私、何かした?」

 必死に問いかけても、彼はただ俯き、唇を噛みしめていた。



 その横顔の奥で――私は見てしまった。
 少し離れた場所でこちらを見つめていた、同級生の紗良の影を。
 涙で濡れた頬、震える唇。
 そして、蓮の視線が一瞬だけ、彼女の方に向いたのを。

 ――そうか。
 彼は、私じゃなく紗良を選んだんだ。

 胸の奥に鋭い棘が突き刺さる。
 何も言えず、ただ立ち尽くす私に、蓮は背を向けて歩き出した。

 「ごめん……」
 最後に残ったのは、その小さな声だけ。



 「……っ」
 ベッドの上で、思い出した記憶に喉が熱くなる。
 十年経っても、あの時の痛みは消えていなかった。

 あの日、彼が泣いていた理由を、私は知らない。
 ただ、「選ばれなかった自分」という事実だけを抱えて生きてきた。

 だから今、彼に会っても心は揺れる。
 信じたいのに信じられない。
 ――十年前の傷は、まだ癒えていない。