ひといきに沈められた。
 リリアのちからは、やはり強いのだ。

 が、ウィスタに怖れはない。
 オリアスと手を繋いだまま、ゆっくり、沈んでゆく。
 海面からの光が二人を包む。そしてその光は間もなく存在を失念されることになる。
 
 ウィスタがオリアスの手を引いた。
 互いの身体が近づく。
 光芒が走り、それはいくつかの角をもつ蒼い星の形として彼らを囲んで、ゆらりと回転した。回転のなかで、二人は、互いの背に手を廻している。
 呼吸はできない。が、苦しくもない。原理も理屈も、わからない。それでも二人にとって、それは当然の事象だった。
 ここは、ウィスタとオリアスが作った世界なのだから。
 二人に届かぬものなど、できぬことなど、あるはずがない。

 星海《ほしうみ》の……聖女。
 そう、リリアが言った。
 誰が。わたしが。
 ウィスタはその言葉を幾度か胸のなかでもてあそんだが、やがて、中止した。オリアスがウィスタに手を伸ばしたからだ。
 水に揺れ、みずからわずかに発光するその髪に、触れる。彼の小指が耳に軽く触れる。くすぐったいと感じ、少し首を引き込める。
 その首に、オリアスの手がまわる。引き寄せる。
 
 オリアスは、オリアスではなかった。同様にウィスタも、ウィスタではない。
 ぱちっと、ちいさくちいさく爆ぜるように、夏の浜と、巨大な星空の情景が蘇った。それでも、ウィスタは惑わない。
 自分が何であろうと、どこから来たものであろうと、かまわない。
 目の前で自分を包む存在が、どんな由来を持つものだろうと、かまわない。
 
 ここに、いる。
 二人はいま、ここにいる。

 引き寄せられて、鼻と鼻が触れ、すいと横を向き、その顔もまた、オリアスの手によって戻される。
 ウィスタは、目をつむりたくなかった。
 オリアスの瞳を、みていたかった。
 それでも、柔らかく温かいくちびるの感触が、彼女の瞼をゆっくりと閉じさせた。

 光の波紋。
 二人を中心に、穏やかな光が放射された。
 光は、音もなく、世界のすべての海を満たした。
 海を満たした光は空にあがり、煌めきながら降り注いだ。
 すべての海上に、すべての陸上に、すべての街に、すべてのひとに。
 星が、降った。
 昼の国でも、夜の国でも。
 その煌めきは、世界のどこにいても、誰の目にも、視認できたという。
 静かに、どこまでも、静かに。
 柔らかい光の粒子は、ひとびとの肩に、こころに、降った。

 シア航国《こうこく》の母艦隊を包んでいた雲は、光に射抜かれ、消失した。雷鳴も鎮まる。水の流れはとまり、船の動揺が収まった。
 神殿の艀船《はしけ》からその光景を見ていた主教、イディ三世は、大きくくちを開けている。が、側の巫女に怒鳴りつけた。

 「おい、なにしてる。渦が消えかかっておるではないか。神殿の巫女たちと接続が切れているのだ。もう一度試みてみよ。ええい、それ、いつものように」
 「無駄ですよ」

 艀船の横に手をかけ、リリアが上がってきた。

 「あいつの本当のちからはね、水霊《すいれい》のちからを借りることじゃない。あいつが、水霊なんだ。水霊を生んだ、はじまりの巫女、星海《ほしうみ》の聖女ですからね。あいつは、すべての巫女にちからを与え、あるいは無効化できる」
 「……そんなことが、本当にあるわけが」
 「じゃあなぜ、あなたはそんなにウィスタに怯えたのです。どうしてあいつを封じようとしたのです。巫女のちからを独占するという目論見が、あいつ一人の手でひっくり返ってしまうからじゃないんですか」
 「……」
 「まあ、あなたの最大の手柄は、ウィスタの命をとらなかったことだ。いつか役に立てようと、あるいは手籠にしようとしたその強欲に感謝しなくてはね。さ、帰りましょうか。お尋ねしなくてはならないことが山ほどある。とはいえ……」

 俯いて沈黙している主教の横で、リリアは艀船の霊珠に祝福を送った。が、ぴくりとも反応しない。
 頭をかいて、リリアは唸った。

 「まいったね、これは。国まで泳いで戻らねばならんか」