第二部:対峙
廃屋の地下室は、ひどく冷えていた。
壁一面に過去の血文字が重なり合い、赤黒い層となって剥がれ落ちている。
その中央に、ひとりの人影が立っていた。
「……待っていたよ」
声は男とも女ともつかぬ、不気味な響きだった。
その顔を見た瞬間、私は息を呑んだ。
――地主一族の末裔、そして事件の背後に常にいた人物。
だが、彼の背後の壁には、すでに新しい血文字が浮かんでいた。
「ほんとうの黒幕は おまえだ」
「……何のつもりだ」
問いかけると、相手は嘲るように笑った。
「お前は真実を探してきたつもりだろう。だが血文字は、すべてお前の足跡なんだよ。
“ゆるして”も、“ごめんなさい”も、“ありがとう”も。
お前自身の奥底から湧き出た言葉にすぎない」
鼓動が耳を打つ。
確かに、現場ごとに私は必ず第一発見者として血文字を目にしてきた。
まるで血文字が私を待っていたかのように。
「違う……! これはお前たちが――」
叫びかけた瞬間、地下室の空気が歪んだ。
壁の血文字が一斉に震え、次々と浮かび上がっていく。
――「ゆるして」
――「ごめんなさい」
――「ありがとう」
――「これで終わり」
それは幾百もの声が重なったような響きとなり、私を包み込む。
「見ろ。これが告白だ。
人の罪、恨み、後悔……すべては血文字となってお前を通じ、ここに刻まれてきた」
目の前の人影がにじみ、少女の姿に変わった。
血に濡れた髪、虚ろな瞳。
彼女は壁に指を押しつけ、ゆっくりと新しい文字を刻んでいく。
「おまえが かきつづける」
私は崩れ落ちそうになる膝を必死に支えた。
――操っているのはこの男か。
――それとも、本当に自分自身なのか。
答えの出ないまま、血文字はなおも壁を埋め続けていた。


