第一部:過去の総決算

 私は机いっぱいに広げた資料の束を見つめていた。
 「血文字事件」と呼ばれた一連の怪異と殺人。
 その記録を整理するうちに、これまで点在していた出来事が、少しずつ形を成していくのが分かった。

 最初の事件――神谷家の失踪。
 その後に続いた、廃屋の壁に残された「ゆるして」の血文字。
 第二の事件――駐在の不審死。血で書かれた「ごめんなさい」。
 第三の事件――村外れで発見された白骨と、「ありがとう」という異様な血文字。

 一つひとつは無秩序に思えたが、改めて照合するとある“規則”が見えてきた。

 血文字は、それぞれの事件の“犠牲者の立場”を代弁していたのだ。
 「ゆるして」――最初に消えた少女の叫び。
 「ごめんなさい」――罪を隠した駐在の後悔。
 「ありがとう」――封じられた真相を暴いた誰かへの感謝。

 つまり、この血文字を操る存在は、犠牲者の記憶や罪人の心に直接触れていた。
 そして――そのたびに事件を誘発し、私をこの村に縛りつけてきた。

 さらに調べを進めると、ある名前が浮かび上がった。
 神谷家と密接に関わっていた古い地主一族。
 彼らは村の裏社会を牛耳り、過去の隠蔽工作を仕切っていた。
 歴代の血文字事件には、必ずその家の誰かが関与していた。

 ――黒幕は彼らだ。

 だが、不可解なのは「最後の血文字」だった。
 地主一族にとって、あの言葉――**「これで終わり」**は不自然すぎる。
 彼らは決して罪を自ら終わらせようとはしない。

 ならば、誰がこの“終焉”を告げたのか。

 私は気づいた。
 この一連の血文字は、人でも霊でもなく、もっと異質な“何か”によって導かれているのではないか。
 犠牲者も加害者も、すべて“文字を書かされていた”のではないか、と。

 その時、机の上の古い新聞の隅に、赤黒いインクがにじみ始めた。
 震える指で紙をめくると、そこに新しい一文が刻まれていた。

 「ほんとうの黒幕は ちがう」

 ――過去はまだ終わっていない。
 すべてを仕組んだ存在は、いまだ闇の中に潜んでいる。