序章:最後の血文字

 夜明け前の冷たい霧が、村を覆っていた。
 人気のない小学校跡地――かつて血文字が幾度も現れた廃墟の一角に、再び警察のライトが並んでいた。

 現場の壁には、いつものように血で書かれた言葉があった。
 だが、それはこれまでの「ゆるして」や「ごめんなさい」とは違っていた。

 「これで終わり」

 赤黒い線は乾き、壁に固着している。
 誰が書いたのか、いつ書かれたのかはわからない。
 だが、その文字には妙な“静けさ”があった。
 まるで、長く続いた告白の連鎖がここで途絶えるとでも言うように。

 刑事たちは「模倣犯の悪ふざけだろう」と囁き合った。
 だが、私の胸には得体の知れないざわめきが広がっていた。

 ――なぜ、これほどはっきりと「終わり」を告げるのか。
 ――そして、誰に向けての「さよなら」なのか。

 背後で風が吹き抜けた瞬間、壁の文字がかすかに滲んだ。
 まるで、まだ乾ききっていないかのように。

 私は震える手でカメラを構えながら、悟っていた。
 この事件は本当に終わるのかもしれない――だが、その“終わり”が救いである保証はない。