② 第一部 ― 記事の残響

 マンションの一家心中事件から三日後。
 黒田は現場から押収した古い新聞の切り抜きを、警視庁の資料室で何度も読み返していた。

 記事の署名は――相沢亮介。
 かつて「血文字事件」を追い、その後に失踪したフリー記者。

 記事には、血文字を目撃した人々の証言が克明に記されていた。
 「夜中に囁きが聞こえた」「血文字は生きているように広がった」「犯人は身近にいる」……。
 黒田は読み進めるほどに、不気味な既視感を覚えた。

 ――これは、今回の一家の最後の言葉とまったく同じではないか。

 黒田は心中現場の遺族に確認した。
 父親は事件の数日前、職場で「妙な記事を読んだ」と口にしていたという。
 記事の内容に取り憑かれたように何度も繰り返し、ついには「声が聞こえる」と怯え出した、と。

 「……まさか」
 黒田は記事を机に叩きつけた。

 記事を読むことで、囁きが“伝染”する。
 囁きを聞いた者は、やがて血文字を残して死に至る。
 まるで記事そのものが、呪いの媒体になっているかのようだった。

 黒田は相沢の足取りを追い、彼の最後の住居を訪ねた。
 そこは人気のない古アパート。
 埃をかぶった部屋の片隅に、相沢の手帳が残されていた。

 ページをめくると、血のような赤インクで震える文字が書き連ねられていた。

 「ほんとうのはんにんは」
 「まだ終わっていない」
 「記事はひろがる 声もひろがる」

 そして最後のページには、ひときわ深い赤でこう書かれていた。

 「この手帳を読む者へ ―― つぎは おまえ」

 黒田の手は冷たく震えた。
 ページの文字は、じわじわとにじみ出すように広がっていく。

 ――まるで、自分が今まさに囁きを受け取ってしまったかのように。