③ 第二部 ― 疑心暗鬼

 翌日から、相沢は本格的に村人への聞き込みを始めた。
 だが、口を開く者はほとんどいなかった。
 誰もが怯えたように視線を逸らし、時には「余所者は帰れ」と罵声を浴びせられた。

 ある夜、宿の前に停めていた車のタイヤが切り裂かれていた。
 誰の仕業か分からないが、調査を快く思わぬ村人の仕業であることは明らかだった。

 さらに奇妙なことが起こる。
 取材ノートのページに、書いた覚えのない血文字が浮かび上がっていたのだ。
 「ゆるして」「ごめんなさい」
 慌てて触れると、それはすぐに滲んで消えた。

 夢の中にも少女が現れるようになった。
 小さな声で「おじさん、みつけて」と繰り返し囁く。
 目を覚ますと、耳元にはまだ声の残響が残っている。

 後輩の佐伯美沙が村に合流したのは、その頃だった。
 「先輩、壁の血文字……人間が書いたにしてはおかしいんです」
 彼女は写真を拡大して見せた。
 壁の高い位置、天井近くにまで文字が刻まれている。
 普通の人間の手が届く場所ではない。

 「じゃあ誰が……?」と相沢が問いかけた瞬間、背後から声がした。

 「……お前ら、あまり騒ぐな」

 振り返ると、山根駐在が立っていた。
 その顔は土気色で、額に浮かぶ汗が異様に光っていた。

 「この村には、触れちゃならんことがある」

 それだけを言い残し、山根は闇に消えた。

 相沢の胸に、重苦しい予感が芽生えた。
 血文字はただの悪戯でも、怪談でもない。
 ――自分の精神さえも侵食する「何か」に違いなかった。