② 第一部 ― 調査の開始

 相沢は翌朝、村役場で簡単な取材を行った。
 二十年前の神谷家失踪事件は、すでに「迷宮入り」とされ、古い新聞記事以外に新しい情報はないという。
 しかし、村人たちの表情は妙に硬かった。名前を出すだけで、空気が凍りつく。

 廃屋で見つかった血文字について尋ねると、誰もが口をつぐむ。
 中には「そんなもの、見なかったことにしろ」とまで言う老人もいた。

 相沢は、当時の駐在・山根健吾の居場所を突き止めた。
 山根は今も村に住んでいたが、訪ねてみると玄関先で冷たく言い放った。

 「もう終わった話だ。掘り返すな」

 相沢は食い下がった。
 「なら、どうして血文字が“今”また現れたんです?」
 しかし、山根の答えはただ一言。

 「知らん」

 その声には、隠しきれない震えがあった。

 役場を後にした相沢は、村外れの集落で一人の老婆・村井ハツに出会う。
 彼女は相沢の顔を見るなり、しわだらけの手で彼の腕を掴んだ。

 「神谷の娘が呼んどるんじゃ。あんたに……」

 老婆の目は、恐怖と確信でぎらついていた。
 相沢の胸に、不気味なざわめきが広がる。

 その夜、相沢の泊まる宿の窓に、何かが書きつけられているのを見つけた。
 外に回って確認すると、曇ったガラスに小さな指跡で、こう残されていた。

 ――「たすけて」