「そういえばね、この前の投影のときにね……」

 美咲は、遼が沈黙しているのにも気づかず、楽しそうに身振り手振りを交えて話を続けた。

「夏の大三角を説明してたんだけど、つい緊張して、デネブを“白鳥座のしっぽの星”って言うところを“白鳥のおしりの星”って言っちゃったの!」

 思い出してはっと口を押さえ、次の瞬間に声を上げて笑う。

「子どもたちは大喜びで、『おしりの星!』ってしばらく大合唱だったんだよ。恥ずかしいったらもう……」

 明るい笑い声が研究室に広がり、静寂だった空間が一気に華やぐ。

 遼は微笑もうとして、しかしすぐにうまく形にならず、ただ小さくうなずいた。

 美咲はそんな彼のぎこちなさには気づかない。

 あるいは、気づいていてもあえて触れないのかもしれなかった。

「でもね、そういう失敗も案外いいのかなって思ったよ。子どもたちにとっては忘れられない星の思い出になるでしょ? 完璧じゃなくても、伝わるものがあるんだなって」

 眩しいくらいに明るい声。

 その笑顔に触れていると、遼はますます言葉を失っていった。
 彼女は無邪気に未来を語る。

 遼は胸の奥で、言えない過去を抱きしめている。

 ――二人の距離は確かに近い。けれど、どこかすれ違っている。