静けさを破るように、研究室の扉が「コンコン」とノックされた。

 遼は首を上げる。こんな時間に来客など滅多にない。教授か、同僚か――。

「は、はい」

 返事をした次の瞬間、扉が開いた。

「……遼くん?」

 耳に飛び込んできたその声に、心臓が跳ねた。

 扉の向こうに立っていたのは、懐かしい少女の面影を残しながらも、大人びた笑顔を見せる女性。

 美咲――。

 一瞬、遼の時間が止まった。

 十数年ぶりに見る幼馴染の姿に、声を出すことすら忘れてしまう。

「やっぱり、遼くんだ。久しぶり!」

 明るくそう言って部屋に入ってきた美咲の笑顔に、遼は慌てて立ち上がった。

「え、あ……美咲? どうして――」

 その拍子に、手元のコーヒーカップに肘をぶつけてしまった。

 茶色の液体が机を伝い、論文の端と床に飛び散る。

「あっ……!」

 思わず手にしていたハンカチで拭おうとするが、美咲がすぐに駆け寄った。

「だ、大丈夫? 貸して!」

 彼女は自分の鞄からハンカチを取り出し、机を拭い始める。

「ご、ごめん……美咲のハンカチまで汚しちゃって」

 遼が狼狽しながら謝ると、美咲は肩をすくめ、にっこり笑った。

「平気だよ。これくらい洗えば落ちるし。それに――再会の記念だと思えば、ちょっと特別でしょ?」

 軽やかに言うその声に、遼は胸の奥が熱くなるのを感じた。

 長い年月を経ても、彼女は変わらない。

 場を和ませる明るさも、困っている人を放っておけない優しさも。

 不器用にコーヒーをこぼしてしまった自分とは対照的に、美咲は自然とその場を笑顔に変えてしまう。

 遼は小さく息を呑んだ。

 ――再会の瞬間は、あまりに突然で、そして甘く切なかった。