午後の研究室は、静けさに包まれていた。

 カーテン越しに射し込む春の陽射しが、机の上の論文の山を淡く照らす。その隙間に置かれたコーヒーカップからは、まだ湯気がかすかに立ちのぼっている。

 遼は椅子に深く腰を下ろし、パソコンの画面を凝視していた。銀河の観測データ。膨大な数値と座標が並ぶその表は、一般の人にとってはただの数字の羅列にすぎない。しかし遼にとっては、星々の鼓動を読み解くための大切な手がかりだった。

 画面の一部に赤い警告が点滅する。

「……またエラーか」

 遼は小さく息をつき、コードを修正する。こうした作業は決して派手ではない。だが彼にとっては、星々の秘密に少しずつ近づいている実感を与えてくれる時間だった。

 壁際のホワイトボードには、未完成の数式やグラフが並んでいる。誰もが簡単には理解できないその内容を、遼は日々少しずつ積み重ねていた。

 研究の道は孤独だ。

 だが遼は、それを不満には感じなかった。むしろ、言葉少なに机と向き合うこの時間こそが、自分らしいと思えた。

 コーヒーを口にしようとしたが、すっかり冷めていることに気づき、机に戻す。

 独り言のように、遼は呟いた。

「……観測精度を上げるには、やっぱり次のシミュレーションか」

 誰に聞かせるでもない言葉は、研究室の静寂に吸い込まれていった。

 ――そんな静かな日常が、このあと大きく揺らぐことになる。