ロビーの静けさを破るように、スタッフルームのドアが勢いよく開いた。

「ふぅー、やっと終わった!」

 伸びをしながら現れたのは、制服をラフに着崩した長身の青年だった。

 ネクタイは緩み、シャツの第一ボタンは外されている。袖は肘までざっくりとまくり上げられ、名札は少し傾いている。それでも不思議とだらしなさはなく、むしろ軽快でこなれた雰囲気をまとっていた。

「お疲れー、美咲!」

 軽やかに手を振るその声は、ロビー全体を一気に明るく染め上げるようだった。

「颯真先輩!」

 美咲は自然に笑顔を浮かべ、親しげに声を返す。

 その響きに、遼の胸の奥に小さな引っかかりが生まれる。自分の知らない美咲の一面を見せつけられたような感覚だった。

 颯真はすぐに遼の存在に気づき、片眉を上げた。

「あれ? お客さん残ってるのかと思ったら……知り合い?」

「違います、高校の先輩で、幼馴染なんです」

 美咲が慌てて説明する。

「へぇ、幼馴染か。いいな、それ」

 にやりと口角を上げ、颯真は遼に向き直る。

「俺は颯真。美咲の先輩みたいなもん。よろしく」

 差し出された手は、遠慮のかけらもないほど気さくでまっすぐだった。

 遼は一瞬ためらいながらも、その手を握り返す。
「……遼だ」

「お、固いな。理系っぽい」

 冗談めかした声に、遼は言葉を詰まらせる。

 美咲が慌てて補足した。

「先輩、この人すごいんですよ。大学で天文学を研究してて」

「へぇー、なるほどな。美咲、いつも星のこと楽しそうに話してるからさ。そりゃ納得だ」

 颯真は軽やかにフォローを入れ、場を自然に和ませる。

 そのやり取りの間、遼は静かに二人を見ていた。

 ――まるで、美咲の隣に当たり前のように立つ存在が、自分以外にもいると知らされたかのように。