日曜の昼下がり、遼はプラネタリウムの前に立っていた。

 ガラス張りの建物は、青空を映し込みながら穏やかに佇んでいる。その前には、親に手を引かれた子どもたちや、楽しそうに話すカップルが次々と入っていく。

 白衣や研究資料に囲まれた研究室の空気に慣れきった遼にとって、このにぎやかな光景は、どこか別世界のように見えた。足を踏み入れるのをためらい、しばし入口の前で立ち尽くす。

(……俺が来る場所じゃない気がするな)

 だが、思い返す。数日前、美咲が笑顔で言った言葉を。

「今度、遊びに来てよ。案内してあげるから」

 その声が頭の中でよみがえり、結局、足は自然と自動ドアの方へと動き出していた。

 館内に入ると、ひんやりとした空気に包まれる。ロビーには展示パネルや星の写真が並び、子どもたちが走り回っている。高鳴るざわめきの中、遼は少し落ち着かない気分で周囲を見回した。

 その時、制服姿のスタッフが、笑顔で来客を迎えているのが目に入った。

 ネイビーのベストに白いブラウス。胸元には名札が光っている。

 その人影に、遼の視線は吸い寄せられた。

 ――美咲。

 見慣れたはずの顔なのに、今はどこか違って見える。

 スタッフとして立つ彼女の姿には、凛とした落ち着きと、子どもたちを安心させるような柔らかさがあった。

 遼は思わず息を飲む。

 やがて美咲が彼に気づき、ぱっと表情を明るくした。

「遼くん! 来てくれたんだ!」

 その無邪気な笑顔は、幼いころのままだった。

 遼は少しぎこちなく頷く。

「ああ……。ちょっと、場違いかなって思ったけど」

「そんなことないよ。むしろ嬉しい。今日はゆっくり楽しんでいってね」

 美咲は軽やかに言葉をかけ、来場者への案内へ戻っていった。

 その後ろ姿を見つめながら、遼の胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていく。

 同時に、自分とは違う世界に生きている彼女を見ているような、不思議な距離感もあった。

 ざわめきの中に立ちながら、遼はひとり、胸の鼓動を静めようと深く息をついた。