無敵なお嬢様はだまっていられない! 〜問題児な執事4人を、私がまとめてプロデュース!?〜

 放課後の旧校舎。
 夕暮れの「特訓本部」に、ドササッ……と何かが崩れ落ちる音が響いた。
 
「……お嬢、俺を殺す気か?」
 
 床に四つん這いになって、今にも魂が口から魂が口から抜けそうな顔をしているのは嵐くんだ。
 執事コースの担任から「雪城さまのご指名だ」と告げられた直後、彼は半ば逃げ込むようにここへ駆け込んできたらしい。

「殺すわけないじゃない」

 私は軽く肩をすくめる。

「……あ、でも。演習で失格になったら、今度は私がパパに殺されるわね。だから実質、心中かしら!」
「笑えねーよ! あんな繊細な課題、俺にできるわけねーだろ。銀食器? ハイスピード? 俺が本気で走ったら、皿の上は地獄絵図だぞ!」
 
 嵐くんがガシガシと頭をかきむしる。
 確かに、彼の歩幅は大きすぎるし、一歩一歩の衝撃も強すぎる。
 普通に走れば、メインディッシュのステーキは空中に舞い、ソースはサロンの壁を汚す芸術作品に変わっちゃうわ。
 
「だからこそ、特訓が必要なのよ」
 
 私は、嵐くんの前にトランプの山をドン! と置いた。
 
「……は? 何これ」
「トランプタワーよ。今から一時間以内に、十段積み上げなさい」
「できるかよ! 俺の指先は、スマホの画面をタップするだけでヒビが入るんだぞ(※嵐くん談)」
「言い訳は聞かないわ! いい? 嵐くん。ハイスピードで走りながら料理を揺らさないためには、体は重機、指先は羽毛。その切り替えが必要なの。指先の力を極限まで抜く感覚を、このトランプで叩き込むわよ!」
「……っ。……ああ、もう! やりゃいいんだろ、やりゃあ!」
 
 嵐くんは、大きな身体をぎゅうっと折り曲げて、机に向かった。
 太い指をプルプル震わせながら、二枚のカードを「ハ」の字に立てようとする。
 ピクッ。
 
「あ」
 
 カードは、あっさりパタリと倒れた。
 
「……お、おい。これ、無理ゲーだろ……」
 
 一時間後。
 嵐くんの周りには、折れ曲がったたくさんのトランプが散らばっていた。
 彼の額からは、激しいトレーニングでもしたかのような汗が滴っている。
 
「……はぁ……はぁ……。お嬢……やっぱ俺には無理だって……」
「そんなことないわよ。最初よりは、ずっと力が抜けてきてるじゃない」
 
 私は床に散らばったトランプを見つめて、ふと思いついた。
 
「……そうね。本能的に“壊しちゃいけない”って思えるものの方が、いいのかもしれないわ」
 
 私は自分の後ろ髪をひとまとめにすると、細いシルクのリボンを嵐くんに手渡した。

「……え。なんだよ、それ」
「私の髪を結んでみて。一本でも髪が抜けたり、私が『痛い』って言ったら即・不合格よ」
「っ……!? お、お嬢の、髪を……?」
 
 嵐くんの顔が、夕焼けよりも真っ赤に染まった。
 さっきまで死にそうだった目が、急に泳ぎ始める。
 
「ほら、早くして。時間は有限よ、執事さん?」
 
 私はくるりと背中を向け、そのまま椅子に腰を下ろした。
 背後で、嵐くんがゴクリと唾を呑み込む音がする。

 ふふ。これでドキドキして力が入っちゃうようじゃ、まだまだね。……って、あれ?
 
 ふいに、うなじのあたりに――大きな、熱い手が触れた。
 それは、トランプを触っていたときよりも、ずっと……ずっと、繊細で。
 
 ……やだ。私まで、ちょっとドキドキしてきちゃった……!

 嵐くんの大きな手が、壊れ物を扱うみたいに、私の髪をそっとすくい上げる。
 いつもは乱暴な嵐くんが、必死に「優しく」なろうとしている。
 その不器用な優しさが、指先から伝わってきて――
 なんだか顔まで熱くなってきた。
 嵐くんの手が、私の髪を一筋ずつ、信じられないくらい慎重にまとめていく。
 耳元に届く、少し速い鼓動と、熱い吐息。
 
 ……あ、れ。嵐くん、さっきよりずっと指先が柔らかい。これなら、トランプだって積み上げられたんじゃ――。
 そう思った、その時。
 
「おやおや。二人っきりで、ずいぶんと『熱心』な特訓をしてるんだね?」
「ひゃあぁっ!?」
「うおわっ!?」
 
 突然背後から聞こえた甘い声に、私と嵐くんは飛び上がった。
 案の定、せっかく嵐くんが苦労して結びかけていたリボンは、するりと指から抜けて床に落ちてしまう。
 入り口には、いつの間にいたのか、レオくんがキラキラした笑顔で壁に寄りかかっていた。
 その隣には、相変わらず眠そうな目の朔と、カーテンの影に完全に溶け込んでいる夜一くんの姿も。
 
「……レ、レオくん! いつからそこにいたのよ!」
「最初からだよ。お嬢様が真っ赤な顔をして、嵐の無骨な手にうっとりしてるところから」
「う、うっとりなんてしてないわよ! 特訓よ、分析中だったの!」
 
 慌てて言い返すと、隣で嵐くんが顔を真っ赤にしてレオくんに掴みかかった。
 
「てめぇレオ! 覗き見してんじゃねーよ!」
「覗き見なんて失礼だなぁ。僕たちは、明日の作戦会議に来ただけだよ」
「……そうそう。嵐が『お嬢を壊しちゃった』ら、僕たちが代わりに演習に出なきゃいけないし」
 
 朔があくびをしながら、スマホの画面を私たちに見せる。
 そこには、一週間後の演習のタイムスケジュールと、ライバル・一条くんの歩行データがびっしりとメモされていた。
 
「……あ。朔、これ……」
「……一条の歩幅と速度。嵐がこれに勝つには、あと0.5秒縮めないとダメ。……ま、今のリボン結びの手つきなら、1%くらいは可能性が出てきたかな」
 
 ぶっきらぼうな朔の言葉に、嵐くんが「……1%かよ」と苦笑いしながらも、どこか嬉しそうに拳を握る。
 夜一くんも影の中からボソリと、「……嵐くん。明日は、僕も影からサポート……配置の確認、終わってます」と付け加えた。
 バラバラだった四人が、私の「無茶苦茶な指名」をきっかけに、少しずつ一つのチームとして動き出している。
 
「よしっ! みんな、本番までの一週間。猛特訓して、椿さんに、そして学園中に見せつけてやりましょう。――雪城すずの『最高傑作』は、ここから始まるんだってことをね!」
「「「「…………了解(おー、おー)!」」」」
 
 夕闇の迫る旧校舎に、私たちの(ちょっと頼りないけど)力強い声が響き渡った。