無敵なお嬢様はだまっていられない! 〜問題児な執事4人を、私がまとめてプロデュース!?〜

「で。お嬢の意気込みはわかったけどよ」

 嵐くんが、ホワイトボードに書かれた『最強の守護神』と言う文字を指で弾いた。

「具体的に、これから何をトレーニングすんだよ。まさか、一日中ここでスクワットしてろとか言わねーだろーな」
「そうだよ、お嬢様。僕、汗をかきすぎるのは嫌だな。お肌の天敵だし」

 レオくんも鏡を覗き込みながら、頷く。夜一くんに至っては、またカーテンの端っこを握りしめ、「トレーニング、誰かに見られるのは嫌です……」と消え入るような声で言う。

「違うわよ。それに、あなたたちにありきたりな執事特訓をさせるつもりはないわ」

 私は、ホワイトボードに書かれた4人の分析結果の文字の横に、一番大きな文字を書き込んだ。

『3ヶ月後:ロイヤル・ガーデン・パーティー』

 その文字を見た瞬間、4人の空気がピリリと変わった。
 それは年に1回、学園の全生徒、そして国中の名家やセレブたちが集まる、最大にして最高難易度の社交イベント。
 そこで完璧な令嬢・完璧な執事として振る舞うことは、学園内での成績だけじゃなく、将来の評価にも関わる。

「このパーティーであなたたち4人には、今までの執事の概念を塗り替えてもらうわ。一人で完璧にこなそうとしない、コンビネーションが大事なのよ」
「コンビネーション?」

 朔が眠そうな目を少しだけ開けて、私の言葉を繰り返した。

「そう。一人で全部こなそうとするから、あなたたちは失敗をするの。でもさっき伝えた、それぞれの尖った最高のポテンシャル……それを繋ぎ合わせたらどうなるかしら?」

 私は右口角を上げ、マジックで4人のポテンシャルの文字を線で結ぶ。
 普通、執事コースで教わるのは、正しいお辞儀の角度や挨拶、ティーポットの持ち方など。
 でも、私がやろうとしているのは、そんなことじゃない。
 これは、どちらかと言えば……そう、戦隊ヒーローみたいな役割分担。
 
「一人でできなくたっていいの。みんなで力を合わせて、あなたたちにしかできない究極のおもてなしを提供するの」

 4人の表情が少しずつ変わっていく。

「それができれば、退学どころか、あなたたちはこの学園の歴史に名を残せる。将来のキャリアにも困らない。どう? ワクワクしない?」

 私がニコッと笑うと、嵐くんが「ふん……守護神としてのトレーニングなら、受けて立ってやるよ」と不的に笑った。
 夜一くんも「透明なスパイ……なら、少しだけ……」と頷き、レオくんは「僕の笑顔が世界を救う練習だね!いいよ!」とノリノリみたい。
 ただ一人、朔だけが「あーあ。めんどくさいことになっちゃったなぁ」とため息をついた。でも、その口元が少しだけ緩んでいるのを、私はちゃんと見つけちゃった。

「よし、決まりね! それじゃあトレーニング第一弾、まずは阿吽の呼吸・障害物ティータイムから始めるわよ!」

 私は気合いたっぷりに宣言し、第五談話室の奥のカーテンをバッ!と開けると、そこには……。
 壊れた椅子、山積みの古い教科書、そしてきちんと並べられたティーカップセット。

「お嬢様。これ、どういう状況?」

 レオくんがティーカップを持ち上げ、不思議そうに首をかしげた。

「今からこれらを使って、障害物コースを作るわよ!」
「障害物コースだって……!?」

 驚くみんなを無視して、私はホワイトボードに『トレーニング第一弾、まずは阿吽の呼吸・障害物ティータイム』と書き込んだ。
 
「ルールは簡単! 嵐くんがティーカップを持って、障害物コースを激走! 夜一くんが陰からサポート! レオくんが私に接客をして気を引いている間に、朔の指示通りに完璧に配膳する。制限時間は30秒よ!」
「おいおい、ガラクタの山を走れってのか?紅茶の入ったティーカップを持ったまま?」
「正確には、今回はただの水よ。せっかく昨日掃除したのに、紅茶をぶちまけたら大変だもの」
「そこじゃねーだろ!」

 嵐くんがツッコむ。
 
「そもそも、そんな障害物がある状況でティーカップを運ぶシチュエーションなんてねーだろ!」
 
 呆れたように鼻を鳴らす。
 甘いわね、嵐くん。
 
「いい? 特訓したいのは、ただのサービスじゃない。どんなピンチでも、お嬢様やお客様に安らぎと喜びを与えられるような、『究極な対応力』を身につけてほしいのよ」
「対応力?」
「そうよ。嵐くん、さっき言ったでしょ? あなたには『守護神』としての才能がある。その力を破壊のためじゃなくて、絶対的安定のために使うのよ」

 一瞬の沈黙。
 
「……やるしかない、みたいですね……」
 
 夜一くんがカーテンの影でプルプル震え、「オッケー、僕のスマイルでお嬢様を釘付けにすればいいんだね!」とキラキラの営業スマイルを作る。
 朔は相変わらずソファに座ったままだけど。
 ちゃんと様子を見ている。
 私たちは壊れた椅子や本を並べて、障害物コースを完成させた。

「よし」

 みんながそれぞれの位置につく。
 嵐くんはスタート地点。夜一くんはカーテンの影。レオくんは私の目の前。朔は椅子に座ったまま、指揮官ポジション。
 ――準備完了。
 
「じゃあ、始めるわよ。……よーい、スタート!」
 
 その瞬間、嵐くんがドンッ!と大きな音を立てて、踏み出した。
 
「オオオラァ!」
「声がうるさい、嵐」
 
 ソファに寝そべったままの朔が、冷静にツッコむ。
 嵐くんは猛スピードで椅子を飛び越えるけれど、その衝撃でカップの水がザッパザッパと波打っている。
 いきなり危なっかしいわね……!
 
「嵐、右30度。足、引っかかりそう」
 
 朔が気だるげに、でも的確に指示を飛ばす。
 
「右30度って……わかりにくいんだよっ!」
 
 嵐くんが無理矢理体をひねった瞬間、影から夜一くんがシュバッ!と飛び出した。
 倒れそうになった教科書の山を音もなく支える。
 今のいいわね。いい連携よ!
 
「お嬢様、僕の瞳を見て? ティーカップなんて気にならないくらい、甘い時間を……」
 
 レオくんが至近距離で極上の微笑みを投げかけてくる。
 うっ、さすが公共財産。すごい破壊力……!
 思わず見とれそうになったそのとき。
 視界の端で、嵐くんが最後の一歩で盛大に足をもつれさせていた。

「うおわあああ!?」
「きゃっ!?」
 
 ガッシャーン!
 派手な音が、談話室に響いた。
 私の目の前には、水浸しになった床。ひっくり返った嵐くん。そして、巻き添えを食らって倒れた夜一くんの頭の上に、ティーカップがちょこんと乗っている。
 
「……」
 
 室内に、なんとも言えない気まずい沈黙が流れる。
 
「……やっぱ無理だろ、これ」

 嵐くんが床に寝転んだままぼやく。

「僕の顔でもカバーしきれなかったね……」

 レオくんも肩を落とした。
 でも。私は床に広がった水の位置を見て、思わず口角を上げた。
 
「何がおかしいんだよ、お嬢。大失敗だろ」
「いいえ。見て、嵐くんが転んだ場所。そこには、朔が指示した通りの配膳ポイントの真横よ」
「……あ」

 嵐くんが少しだけ目を輝かせる。

「それに夜一くん、あなた転びながらもカップが割れないように自分の体をクッションにしたわね?」
「え?あ、はい……無意識に……」
 
 頭にカップを乗せたまま、夜一くんがキョトンとする。
 
「嵐くんのパワー、夜一くんのフォロー、レオくんの視線誘導、そして朔のナビ。……今はまだバラバラだし、今回は大失敗しちゃったけど。でも、一瞬だけ全員の力が重なったわ!」
 
 私はホワイトボードに書かれた『トレーニング第一弾、まずは阿吽の呼吸・障害物ティータイム』の横に、バツ印ではなく、大きな花丸を書いた。
 
「今はまだ水をぶちまけているけど、今の感覚を研ぎ澄ませれば、あなたたちは世界で唯一のチームになれる。……私には見えるわよ。3ヶ月後、誰もが見惚れるような完璧な連携を見せる、あなたたちの姿が!」
 
 私の言葉に、4人が顔を見合わせる。
 
「……ふん。次は一滴もこぼさねーよ」
 
 嵐くんが立ち上がり、悔しそうに、でもやる気に満ちた目で袖をまくった。
 朔も「……はぁ。もっと的確な指示、考えてやるか」と少しだけ真面目な顔で、スマホにメモをとっていた。
 結果だけ見れば、失敗かもしれない。でも、空気はさっきよりずっと熱い。
 よし。まずは一歩、前進したわね!
 旧校舎の特訓本部に、確かな手応えが芽生えた瞬間だった。