無敵なお嬢様はだまっていられない! 〜問題児な執事4人を、私がまとめてプロデュース!?〜

「——今日からここが、私たちの『特訓本部』よ!」
 
 バァァァン! と勢いよく扉を開けた私の声が、誰もいない静かな廊下に響き渡った。
 場所は、中等部校舎から少し離れた場所にある旧校舎の三階。
 かつては華やかな社交の練習に使われていたという『第五談話室』だ。今はもう使われていない、いわば開かずの間。
 だけど私は先生たちに直談判をして、特別にこの部屋を貸し切らせてもらった。
 
 「……げっ。お嬢、本気かよ。ここ、お化け屋敷じゃねーの?」
 
 後ろから恐るおそる入ってきた嵐くんが、天井からぶら下がる壊れたシャンデリアを見て顔をひきつらせた。
 
 「何言ってるの。昨日までは確かに、埃とクモの巣で悲惨な状態だったわよ。でも……」
 
 私がパチンと指を鳴らして部屋の電気をつけると、4人の動きがぴたりと止まった。
 昨日まで真っ黒だった窓ガラスは、外の木々が反射するほどピカピカ。
 埃を被っていた豪華なベルベットのソファは、毛並みが整えられてふかふかによみがえっている。
 そして部屋の中央には――場違いなくらい真っ白な、大型ホワイトボードがどーんと置かれていた。
 
 「……これ、お嬢がやったのか? 昨日? 一人で?」
 
 嵐くんが信じられないという顔で、部屋をぐるりと見回す。
 
 「ええ。放課後から深夜までかかったけれど、効率的な清掃ルートを計算して動けば、これくらいの広さ、大したことないわ」

  ……なんて、平然と言ったけれど。
 実は手のひらにマメができているのはナイショ。雪城家の人間は、努力を人に見せたりしないんだから。
 
 「うわ、このソファ、新品みたい……」
 
 レオくんがうっとりとソファに身を沈める。
  夜一くんは、鏡みたいに磨かれた床をじっと見つめてから、小さくつぶやいた。

「……反射で自分の姿が映る。落ち着かない……」

 そう言って、そそくさと部屋の隅へ後ずさりしていく。
 そして最後に入ってきた朔が、私の横を通り過ぎるとき。
 ぼそっと、ひとこと。
 
「……バカじゃないの」

 そのまま私の手をちらっと見て、続けた。

「手のマメ、隠せてないよ。すず」
「っ……!」

 思わず手を引っ込める。

「う、うるさいわね! これはただの、その……ペンだこよ!」
 
 無気力そうに見えて、やたら鋭い幼なじみに動揺しつつも、私は気を取り直してホワイトボードの前に立った。
 
 「さあ、みんな座って! これから第一回・戦略会議を始めるわよ!」
 「……戦略会議?」
 
 きょとんとしている4人の前で、私はホワイトボードをくるっと裏返した。
 そこには――びっしりと書き込まれた、4人のポテンシャル分析。
 
「まずは嵐くん、あなたからよ。……ちょっと、そこへ立って」
「あぁん? 俺かよ」

 嵐くんはめんどくさそうに立ち上がった。

「言っとくけど、俺は堅苦しい作法なんてクソ食らえだからな。皿なんて持ったら、全部粉々に握りつぶしちまうぜ?」

 そう言って、わざと見せつけるように大きな腕を組む。
 執事服の袖が、今にもはち切れそうなくらいパンパンに張っていた。
 私はそんな彼に一歩、また一歩と詰め寄った。
 
 ……っ、近くで見るとさらに素晴らしいわ。この、盛り上がった胸板。そして、ただ太いだけじゃない、鋼のように引きしまった腕の筋肉……!
 
 私の目は、もう完全にハンターのそれだった。
 無意識に、嵐くんの腕の筋肉を指先でツン、と突っつく。
 
「おい、お嬢! 何すんだよ!?」
「静かに。……嵐くん、あなたは自分の力を『破壊してしまうもの』だと思い込んでいるみたいだけど、それは大きな間違いよ」
「あ?」
「あなたのその超身体能力は、もっと誇っていい、素晴らしいポテンシャルなのよ!」

 私はホワイトボードの文字を、バン!と叩いた。
 そこにはこう書かれている。
 『獅子丸 嵐:ポテンシャル分析』
 
「いい? 嵐くん。あなたの骨密度と筋肉密度は平均の1.5倍。その身体能力は、もはや最新型の重機に匹敵するわ!」
「……はぁ? じゅうき?」

 呆気にとられる嵐くんをよそに、私の熱量は最高潮に達する。
 
 「どんな重い荷物も軽々と運び、主人のピンチには真っ先に盾となって守る。あなたに必要なのは、たった一つ。その力を完璧にコントロールすることだけよ。そうすればきっと……」
 
 私は彼の胸板をビシッと指差して、高らかに宣言した。
 
「どんな危険な場所でも、お嬢様に最高の安らぎを届ける――最強の守護神執事になれるわ!」
「……は?」
 
 嵐くんは、顔を真っ赤にして固まった。
 怒っているんじゃない。あまりに真剣に、そしてマニアックに筋肉のポテンシャルを褒めちぎられたせいで、どう反応していいか分からなくなっているみたい。
 
「……っ、何が守護神だよ。お前、マジで変な女だな……」
 
 そう言ってそっぽを向いたけれど、嵐くんの手が、無意識に自分の腕の筋肉をさすっているのを私は見逃さなかった。
 ふふ。自分の筋肉に、少し自信が持てたみたい。
 よし、まずは一人目。食いつきは上々ね!

「……よし、次は夜一くん。そこにいるのは分かってるわよ」
 
 
 私が部屋の隅へ歩いていく。
 そして、ベルベットのカーテンをバッ!と勢いよく開けた。

「ヒッ……!」

 短い悲鳴とともに固まったのは、夜一くん。
 前髪で顔を隠して、背中を丸めて、まるで世界から消えたいと言っているみたいに小さく縮こまっている。
 
「……気づかないで、ください……。僕は、空気……いや、ただのゴミですから……」
「ゴミなわけないでしょう! あなた、自分が今、どれだけとんでもないことをしたか分かってる?」
 
 私は彼の手首を掴んで、ホワイトボードの前まで引きずり出した。
 
「嵐くんが騒いで、私がこれだけ大声を出していた間、あなたは一度もノイズを出さなかった。呼吸の音も、衣擦れの音も、床を鳴らす振動さえも……」
 
 私は夜一くんの顔を覗き込むようにして、早口でまくしたてる。
 
「夜一くん、あなたは単なる『根暗』じゃない。いい? この上流階級の社交界において、一番の武器は『情報』よ。誰がどんな弱みを持ち、どんな野望を持っているか……。それを誰にも気づかれずに入手できた者が、この世界を制するのよ。そしてそれを実現できるのは、学園中であなただけよ!」
「……え、僕だけ……?」
「そう! あなたは、影に潜み、空気に溶け込み、誰の視線にも触れずに真実を暴くことができる……。いわば『透明なスパイ』よ! その影の薄さは、ダイヤモンドみたいなポテンシャルの塊なのよ!」
 
 「ダイヤモンド」なんて言葉、人生で一度も言われたことがないのかしら。
 夜一くんは長い前髪の隙間から、信じられないものを見るような目で私を見つめ、それから耳の先まで真っ赤にして俯いた。
 
「……影の、薄さが……才能……。そんなこと言われたの……初めて、です……」
「自信を持ちなさい! その影の薄さ、私が1000%磨き上げてあげるわ!」
 
 夜一くんはガタガタ震えながら、ちらっとカーテンの方を見る。
 ……でも。さっきみたいに逃げようとはしなかった。
 コンプレックスこそが最強の武器になるのよ。
 よし、二人目も確保!

 「次はレオくん、あなたの番よ!」

 「はーい!」

 レオくんは待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。

「僕のことは、分析するまでもないよね? どこから見ても、エレガントで……」

 キラッ。
 今、絶対に効果音が聞こえた。
 レオくんが完璧なウインクを飛ばしたからだ。

 「そうね。あなたのその顔面、まさに学園の公共財産レベルだわ!」
 「……公共財産?」
 
 褒め言葉としてはちょっと堅いのか、レオくんが首をかしげる。
 でも私は構わずぐいっと近づいた。
 そして至近距離で、その顔をじーっと観察する。
 
 「いい? その左目にかかった絶妙な前髪のカーブ、そして笑った時に左右対称に上がる口角。これは単なる『エレガント』なんて言葉じゃ片付けられない。相手の警戒心を一瞬で溶かしてしまうような、最高の『平和維持財産』よ!」
 「ええっ、僕の顔って平和を守ってるの!?」
 「そうよ。あなたが微笑めば、怒っていた客も毒を吐こうとしたライバルも、一瞬だけ思考が止まる。そのわずかな油断こそが、交渉において最大の武器になるの。レオくん、あなたは……」
 
 私はひと息置いて、レオくんをビシッと指差した。
 
 「その圧倒的な『華』を使って、場を空気をコントロールするの。あなたがニコッと笑うだけで、どんなトラブルもふんわり解決しちゃう……。そんな『平和維持執事』になってもらうわ!」
 「……場の空気をコントロールする、平和維持執事……。……悪くないね。うん、やっぱり僕の美しさは、世界をハッピーにするためにあったんだね!」
 
 レオくんはすっかりその気になって、ホワイトボードの前でモデルみたいなポーズを決め始めた。
 くるっ。キラッ。
 ……うん。
 この単純さ、扱いやすくて助かるわ。
 さあ、残るはあと一人……。

 「で、最後。あなたよ、朔!」

 ソファに深く沈み込んで、今にも夢の国へ旅立ちそうな幼なじみのところへ歩み寄る。
 朔は「ん……」と小さく唸り、片目だけをうっすら開けて私を見上げる。

「なに、すず……。嵐たちの分析だけで、お腹いっぱいなんだけど……。俺、もう寝ていい?」
「いいわけないでしょ! あなた、自分のことをただの怠け者だと思ってるかもしれないけど、私の目は誤魔化せないわよ」

 朔の前にしゃがみ込んで、至近距離で目を合わせる。
 朔の瞳は相変わらず澄んでいて、何を考えているのか全然わからない。

「いい? あなたはいつも寝てばかりなのは、体力と思考を温存させて、いざというときに全エネルギーを解放できるようにしている。そうでしょ?」
「……深読みしすぎ。ただ眠いだけだって」
「嘘おっしゃい。先週、食堂でワゴンが倒れそうになったとき、誰よりも早く手を出して止めたのは誰? あなたのその極限の省エネは、無駄な動きをゼロにするための、究極の効率化なのよ!」

 私は朔の肩をポンと叩いた。

「あなたは、このバラバラな3人を。最小限の言動で動かす司令塔。そして、私やみんなが気づかないミスを最後に食い止める、このチームの要よ!……そう、あなたはこの私ですら予測できない一手を打つ、『要の参謀』なんだから!」

 朔は一瞬だけ、目を丸くして私を見た。
 それから、面倒くさそうに頭を掻いて、ふいっと顔を逸らす。

「……バカじゃないの。相変わらず褒め方が独特なんだって。……でも、まぁ。すずの分析力と育成力が、普通じゃないってことは知ってるから。すずがそこまで言うなら、気が向いたときは起きててやってもいいけど」

 ふいっと逸らした耳の先が、ほんのり赤い。
 ……昔からそう。朔は褒められると、いつもこうやって無愛想になっちゃう。
 私が昔から朔を知っているように、朔も私のことを知っている。私がみんなの可能性も信じているように、朔は、私のポテンシャルを信じてくれている。
 私は不器用な幼なじみと、個性的すぎる3人をぐるりと見回した。

「今日からあなたたちは、『トラブル・カルテット』じゃない。私の、雪城すずの最高傑作候補よ!」

 こうして、旧校舎の一室で、前代未聞の特訓が幕を開けた。