無敵なお嬢様はだまっていられない! 〜問題児な執事4人を、私がまとめてプロデュース!?〜

 今日も私は、いつものように完璧な仮面をかぶって、優雅に廊下を歩いていた。
 そのとき。特別校舎の角の向こうから、鼓膜が破れそうなくらいの怒鳴り声が響いてきた。

「もう我慢の限界だ!君たちのような問題児、今すぐ全員クビにする!!」

 ……クビ?
 思わず足を止め、ひっそりと角から覗いてみる。
 そこにいたのは、学園で知らない人はいない問題児4人組——通称『トラブル・カルテット』。

「……あれが、噂の……」
 
 思わず息を呑んだ。
 先生が真っ赤な顔をして怒鳴り散らしているというのに、当の本人たちは――びっくりするくらいバラバラだった。
 
「だいたい獅子丸! 君はなんだその格好は!」
「あぁん? 暑いから脱いだだけだろ。それより先生、今の見てたか? 指三本で懸垂五十回。記録更新だわ」
 
 そこにいたのは、執事服のジャケットを脱ぎ捨てた、野生児のような男子——獅子丸嵐。
 ドアの上枠に指をひっかけて、平然と体を持ち上げ……懸垂をしている。執事っていうより、もはや猛獣。
 でも、私の目は釘付けになった。
 
 ……うそ、あの指先の保持力。それに、あの無駄のない腕と背中の筋肉の動き! あんなに重そうな体をあんなに軽々と……。あのパワーをコントロールできれば、重い銀食器を片手で運べたり、速い球が飛んでくる不意打ちを阻止できたり。きっと最強の守護神になれるわ!
 
「深山もだ! どこへ行った、返事をしたまえ!」
「……先生。さっきから、目の前にいます……」
「うわあああ! いつからそこにいた!」
 
 先生のすぐ後ろ、影のように立っていたのは、前髪が長すぎる猫背の男子——深山夜一。
 彼がボソッと呟いた瞬間、先生が飛び上がった。
 存在感がなさすぎて、まるで空気が喋ったみたい。
 
 ……すごい。完全に廊下の壁紙と同化してる。心拍数も呼吸も、驚くほど一定。あの影の薄さ……。誰にも気づかれずにお茶を差し替えたり、情報を集めたり。彼、完璧なスパイ執事の才能がある!
 
「天条! 君も反省しているのか!」
「えっ? あ、ごめんなさい先生。今、窓ガラスに映った僕の『叱られてしゅんとしてる表情』が、あまりに芸術的で……。今の角度、もう一回やっていい?」
 
 鏡(というか窓)を見つめてうっとりしているのは、まぶしいほどの美少年——天条レオ。
 怒られている最中なのに、自分はどの角度が一番美しく見えるかしか考えていない。
 
……なんて絶対的な華! 彼がそこに立っているだけで、周りの空間がパッと明るくなる。あのルックスと人たらしな雰囲気……。社交の場に彼がいたら、どんな気難しいお偉いさんの心も一瞬でとろけさせてしまうはずよ!
 
「最後は如月! ……って、寝るなあああ!」
「……ん? あー……終わった? 先生、声大きいよ……。耳が、痛い……」
 
 最後の一人。
 壁にもたれて、器用に立ったまま鼻ちょうちんを作っていたのは——如月朔。
 あの「やる気ゼロ男」、実は私の幼なじみ。
 朔は、ふわあぁ……と大きなあくびをして、眠そうに目をこすっている。
 
……相変わらずね。でも、今のあくび。関節の力を完全に抜いて、エネルギー消費を最小限に抑えてる。あの究極の脱力……。どんなパニック状態でも、彼だけは心臓に毛が生えたみたいに冷静に立ち回れる、超大物な精神の持ち主だわ!
 
「とにかく! 君たちにはもう、この学園にいてもらう必要はない! 本日をもって全員クビだ! 荷物をまとめて出て行きたまえ!」
 
 先生の非情な宣告。
 4人は「あーあ」「めんどくせーな……」なんて呟きながら、本当にそのまま去っていこうとしている。
 ダメ。
 絶対に、ダメ!
 あんなに磨きがいのある原石たちが、ガラクタとして捨てられるなんて、私の分析眼が許さない!
 
「——ちょっと待ってください!」
 
 気づいたときには、私は角から飛び出していた。

「ゆ、雪城さん!? どうして君がこんな場所に……」
 
 目を白黒させる先生を無視して、私は一歩、また一歩と『トラブル・カルテット』に詰め寄った。
 
 近くで見ると、その素材(ポテンシャル)の良さは、さらによくわかる。
 嵐くんの鋼みたいな筋肉。夜一くんの底知れない瞳。レオくんの輝く髪の毛。そして、相変わらず眠そうな朔の、計算し尽くされたかみたいな脱力ポーズ……。
 
 ……やっぱり間違いない。
 この子たち、すごい原石だ。
 
「……すず?」
 
 朔が、眠たげな目をわずかに開いて私を見た。
 幼馴染の、どこか呆れたような声。でも、今の私には立ち止まっている暇なんてない。
 
「先生、そのクビという言葉、撤回していただけませんか?」
「な、何を言っているんだ!」

 先生が目をむいた。

「彼らはもう、救いようのない問題児なんだぞ! どの令嬢からも『パートナーお断り』の烙印を押された、学園の恥晒しなんだ!」
 
 その言葉に、周りの生徒たちからクスクスと笑い声が漏れる。
 けれど私は、彼らから目をそらさなかった。
 まっすぐ見据えたまま、きっぱりと言う。
 
「いいえ。彼らに足りないのは、技術や品格ではありません。——適切な『プロデュース』です」
「ぷ、ぷろでゅーす……?」
 
 先生も、そして当の4人も、きょとんとして私を見ている。
 私は胸に手を当てて、高らかに宣言した。
 
「この『トラブル・カルテット』は、今日から私が育て上げます。そして、次のパーティーまでに、彼らを学園史上最高の執事にしてみせます!」
 
 ——静まり返る廊下。
 数秒後、嵐くんが「はあ?」と声を上げた。
 
「お嬢、何勝手なこと言ってんだ? 俺ら、執事なんてガラじゃねーよ」
「そうそう。僕、怒られるの疲れちゃったし、もうお家帰ってエステ行きたいな……」
 
 レオくんが情けない声を出し、夜一くんはさらに気配を消して逃げようとしている。
 でも、逃がさない。
 
「文句はチャレンジしてから言いなさい! あなたたちのその素晴らしい素材、私が……この雪城すずが、最高に輝かせてあげるんだから!」
 
 私は、まだ呆然としている先生にビシッと指を突きつけた。
 
「3ヶ月後。3ヶ月後の『ロイヤル・ガーデン・パーティー』で、もし彼らが完璧な仕事を成し遂げられなかったら……その時は、私と一緒に退学させてもらって構いません!」
「えええええええっ!?」
 
 先生もギャラリーも、そして『トラブル・カルテット』さえも、大きな声で叫んだ。
 
「……ちょっと、すず。勝手に俺たちの退学まで賭けるなよ……。これだから、育成オタクは……」
 
 朔が頭を抱えてため息をつく。
 けれど、私の心はもう決まっていた。
 ただ自分の完璧を求める人生は、もう終わり。
 私の中の『分析力』と『育成力』が、パッと芽を出したみたいにうずうずしている。
 ここから始まるのは、私の……私たちの、逆転プロデュース劇なんだから!