無敵なお嬢様はだまっていられない! 〜問題児な執事4人を、私がまとめてプロデュース!?〜

 合同演習当日。
 学園の中央ホールには、白磁の大階段がそびえ立っていた。
 シャンデリアの光を反射して、きらきらと輝いている。
 まるで――王者の舞台みたいだ。
 会場を埋めつくす生徒たちの視線の先。
 特別審査員席には、「毒舌マダム」と呼ばれる人物が座っていた。
 クレーマー伯爵夫人。
 彼女は腕を組み、鋭い視線で演習を見下ろしている。
 その一言一言に打ちのめされて、演習を終えた令嬢たちが、次々と青い顔で退場していった。

「……次。雪城すず、天城レオペア。前へ」

 名前を呼ばれる。
 私たちは、大階段の最上段へと歩き出した。
 そのとき――すれ違いざま、優雅に扇子を揺らした椿さんが、そっと耳元でささやく。

「……あら、雪城さん」

 くすり、と笑う。
 扇子の向こうで、視線が冷たく光った。

「ずいぶん熱心に特訓していらしたようですけれど……せいぜい、階段の途中で転ばないようにお気をつけて。あの方の毒舌の餌食になってしまいますわよ?」

 椿さんの視線が、ちらりと階段の途中に向く。
 ――十段目。
 夜一くんが突き止めた、ワックスが二重に塗られた最大のスリップゾーン。

「ご心配ありがとうございます、椿さん」

 私はにっこり微笑んだ。

「でも、私の計算に転倒というデータは含まれていませんわ」

 椿さんの眉が、ぴくりと動く。
 私はそのまま前を向いた。
 レオくんが、すっと手を差し出す。
 会場がざわめいた。
 レオくんは全身から、王子様みたいなオーラを放っている。
 令嬢たちの視線が、完全に釘付けになっていた。
 私はその手を取る。
 頭の中で、データを最終確認する。
 レオくんの心拍数――安定。
 筋肉の柔軟性――最高。
 ……よし。いける。

「レオくん。私たちのベストを見せてやりましょう」

 レオくんが微笑む。

「了解だよ、お嬢様」

 そして、優雅に一礼した。

「さあ――世界で一番美しい散歩に出かけようか」

 ファンファーレが鳴り響く。
 レオくんが、ゆっくりと第一歩を踏み出した。
 一段。また一段。
 レオくんの足取りは、まるで雲の上を歩くみたいに軽やかだ。
 一点の狂いもない。背筋のライン。指先の角度。
 そのすべてが、私の計算通りの完璧な美しさだった。
 そして――ついに、運命の十段目。
 レオくんの靴底が、階段のワックスに触れる。
 ……来た。
 罠のゾーンよ!
 会場の令嬢たちが、一斉に息をのむ。
 レオくんの体が、わずかに後ろへ傾いた。
 物理の法則どおり、滑り始める。
 その瞬間、椿さんの口元が、勝ち誇ったように歪んだ。
 ――決まった。
 そう思ったのだろう。
 だけど、レオくんは、まったく焦っていなかった。
 ぐっと私の腰を引き寄せる。
 気づけば私は、彼の胸の中に抱き込まれていた。
 重心を低く落とす。
 そして――滑る勢いを、そのまま利用する。
 くるり。
 レオくんの体が、階段の上で優雅に一回転した。
 それは、慌てて踏ん張った動きじゃない。
 滑るというハプニングを、まるで最初から決まっていたダンスの振り付けみたいに変えてしまう、魔法みたいな動きだった。
 レオくんの顔が、すぐ近くにある。
 ……近い……っ!
 しかも、なんだかいい香りまでしてくる。

「……ッ!? なんですって……!?」

 椿さんの、悲鳴に近い声が響いた。
 その間にも、レオくんは滑る床を、まるでアイススケートのリンクみたいに使っていた。
 流れるようなステップ。
 そして、ふわりと――次の段へと美しく着地する。
 会場が、しんと静まり返った。
 でも、試練はまだ終わらない。
 階段を下りきった私たちの前に、毒舌マダムが立ちふさがった。
 冷ややかな瞳で、私たちを見下ろしている。
 
「……今の動き」

 毒舌マダムが、鼻で笑った。

「サーカスでも見せに来たのかしら? はしたないわね」

 鋭い一言。
 周囲の生徒たちが、息をのむ。

「……階段を滑ってごまかすなんて、見苦しいわ。これだから出来損ないの執事は……」

 ホールの空気が凍りついた。
 でも、レオくんは、まったく動じない。
 完璧な微笑みを浮かべたまま、優雅に膝を折る。
 私はそっと、レオくんの背中に指を当てた。
 
 ――レオくん。
 分析データ通りよ。
 彼女は敬意に弱い。
 最高級の微笑みを添えてあげて。

 レオくんは眉一つ動かさない。
 そしてマダムの前で、これ以上ないほど深く、気品に満ちた礼をした。

「お見苦しいとこをお見せしました。ですが……」

 ゆっくりと顔を上げる。
 レオくんの瞳が、まっすぐマダムを見つめた。
 そこには、計算された優しさと敬意が宿っている。

「厳しい審美眼をお持ちの夫人にお会いできると思うと、私の心臓が、つい高鳴ってしまいまして」

 レオくんは胸に手を当てて、ふっと微笑む。

「この胸の鼓動を落ち着かせるには、あの華麗なターンで情熱を逃がすしかなかったのです」

 そして優雅に一礼する。

「……お許しいただけますか。美しいマダム」
「…………っ!」

 マダムの頬が、一瞬で真っ赤になった。
 どんな嫌味も。
 レオくんの圧倒的な美貌と、敬意という名のカウンターの前では、無力だった。

「……ま、まあ。その、心意気だけは買ってあげてもよろしくてよ」

 マダムが咳払いをする。
 そして、そっぽを向いた。

「ティーを、淹れなさい」

 そのあとレオくんが披露したティーサーブは、一滴の揺らぎもない、完璧なものだった。
 
 
 演習結果の発表。
 中央ホールのモニターに、スコアが表示された。
• 1位:鳳凰寺椿・一条ペア(98点)
• 2位:雪城すず・天城ペア(97点)
 
 ――わずか一点差。
 会場からどよめきが起こる。

「ええっ!? あんなにすごかったのに!」

 そんな声とともに、2位の私たちへ惜しみない拍手が送られた。
 
「オーッホッホッホ! 結局、私たちが1位ですわね。実力の差は埋められませんでしたわね、雪城さん!」
 
 高笑いする椿さん。
 けれど、その顔はどこか引きつっている。
 無理もない。
 自分たちが仕掛けた罠を、最高の演出に変えられたのだから。
 私はゆっくり椿さんに歩み寄った。
 そして、彼女だけに聞こえる声でささやく。
 
「1位、おめでとうございます」

 にっこり微笑む。

「……でも椿さん。夜一くんが撮ってくれた深夜の教務室と階段の動画。とっても高画質でしたわ」

 椿さんの肩が、ぴくりと震えた。

「一条くんのワックスの塗り方、ずいぶん丁寧でしたわね?」
「……っ!!」

 椿さんの目が見開かれる。

「な、何を……!」
「今回は、その1点。差し上げますわ。でも次は――」

 私はくすっと笑ったあと、椿さんをまっすぐ見る。

「あなたの脚本通りには、いきませんから」

 私はくるりと背を向けた。
 レオくん。
 そして、影で支えてくれた夜一くん、嵐くん、朔。
 みんなのところへ歩いていく。
 負けたはずなのに。
 私の胸は、スカッと晴れた青空みたいに、気持ちよかった。