無敵なお嬢様はだまっていられない! 〜問題児な執事4人を、私がまとめてプロデュース!?〜

 深夜二時。
 月明かりが廊下に長い影を落としている。
 私は特訓本部のパソコンの前で、インカムをぎゅっと握りしめていた。
 その横で、レオくんが窓ガラスをのぞき込んでいる。
 窓に映った自分の姿を、じっと見つめていた。

「……うん。やっぱり完璧だね」

 さらりと金髪をかき上げる。
 こんな緊張感のある場面で、なにやってるのよこの人は。

「レオくん。あなたの演習のために、夜一くんが頑張ってるんだから。ナルシストタイムはあとにして!」

 私は画面から目を離さず言った。

「今はスパイミッション中よ」
「おっと、失礼」

 レオくんは肩をすくめると、私の隣に寄ってモニターをのぞき込んだ。
 画面には――夜一くんのネクタイに仕込んだ極小カメラの映像が、リアルタイムで映っていた。
 
 すごい……!
 映像に音もブレもほとんどない。
 
 夜一くんは、監視カメラの死角をぬうように進み、ついに教務室の前までたどり着いた。
 鍵穴に鍵を差し込む。
 カチリ。
 ほとんど音も立てず、扉が開いた。
 
「……中、入りました。……誰も、いません」
 
 インカム越しに聞こえる夜一くんの声は、少しだけ震えている。
 教務室の中は、昼間のにぎやかさが嘘のように静まり返っていた。
 夜一くんは静かな足取りで、椿さんたちのペアが使用している作業デスクへ近づく。
 机の上には、次の課題用の備品リスト。
 そして、怪しい化学薬品の瓶が置かれていた。
 これは――もしかして、ワックス?
 
「……カメラ、起動します」
 
 夜一くんは手早く、書類や瓶の写真を撮っていく。
 そのときだった。
 ――カツン。
 廊下の奥から、靴の音が聞こえた。
 
「……ッ!」
 
 夜一くんの視界が、ぐらりと揺れる。
 カメラの映像が天井へ向いた。
 次の瞬間、視界が暗くなる。
 
 どうやらキャビネットの隙間に滑り込んだみたいね。
 
 私は画面に顔を近づけた。
 カメラに映っているのは、棚のすき間から見える細い廊下だけ。
 夜一くんの姿はもちろん見えない。
 でも――カメラの揺れが、ぴたりと止まった。
 呼吸音すら聞こえない。完全に気配を消している。
 
 ……すごい。
 今の夜一くんの迷彩率、ほぼ100%ね。
 
 次の瞬間、教務室の扉が開いた。
 入ってきたのは――一条くんだった。
 
 嘘……! なんで一条くんがここに?
 
 画面の中で、一条くんが落ち着いた様子で教務室に入ってくる。
 一条くんは教務室の中をゆっくり見回す。
 数秒、沈黙が続いた。

 もしかして――気づかれた?

 私も思わず息を止めた。
 でも、一条くんは何も言わず、机の方へ歩いていく。
 ……セーフ。
 夜一くんの潜伏は、完璧だった。
 
「……予定通りに進んでいます。鳳凰寺さんの指示通り、これを塗布します」

 そして机の上にあったワックスの瓶を手に取る。
 そのまま、教務室の扉へ向かって歩き出した。
 ……え?
 私は画面を見つめたまま、息を止める。
 
 まさか――あのワックスを大階段に塗るつもり!?
 
 夜一くんは、天井の影に身をひそめたまま動かない。
 一条くんが教務室を出ると、彼も静かにキャビネットから滑り降りた。
 そして、音もなく後を追う。
 カメラの映像が、ゆっくりと廊下を進んでいく。
 夜の校舎はしんと静まり返っていた。
 やがて、画面の先に、白い大理石の階段が見えた。
 学園自慢の――大階段だ。
 一条くんは周囲を確認すると、階段の十段目にしゃがみこんだ。
 そして瓶のふたを開ける。
 透明な液体を布にしみ込ませると――階段に、静かに塗り広げ始めた。
 ……やっぱり!
 私はインカムに小さく声を送る。
 
「……今よ、夜一くん。決定的な瞬間を撮って!」

 その瞬間、夜一くんのカメラが、一条くんの手元を完璧な角度でとらえた。
 ワックスを塗る手。
 光を反射して、つるつるに輝く階段。
 そして、足元に置かれた、指示書。
 カメラが静かにズームする。
 そこに書かれていたのは――審査員である毒舌マダム先生の弱み。
 さらに、椿さんが用意した、別の罠のリストまで書かれていた。
 ……なるほど。
 これはただの転倒トラップじゃない。
 物理的にも。そして精神的にも。
 二重の罠を仕掛けるつもりだったのね。
 
 一条くんが去ったあと、夜一くんは音もなく影から出てきた。
 
「……データ、回収しました。……今すぐ、戻ります」

 その声には、いつもにような怯えはない。
 静かで落ち着いた――透明なスパイの声だった。

「ええ、完璧よ夜一くん! あなたはやっぱり、私の最高の透明なスパイね!」
 
 ふふっ、と夜一くんが少しだけ照れたように笑う声が、インカムから聞こえた。
 そして彼は、廊下の空気に溶けるように静かに移動し、特訓本部へ戻ってきた。
 息一つ乱していない。
 夜一くんはすぐにタブレットを操作し、撮影したデータを転送する。
 画面には、一条くんが大階段にワックスを塗る、はっきりした映像。
 そして、審査員である毒舌マダム先生の弱みが書かれたメモまで写っていた。
 
「……これで証拠は揃いました。お嬢様。……すぐに学校へ報告して、仕掛けられたワックスを排除すれば、レオくんが滑る心配もありません。……これなら、レオくんの勝利は間違いありませんね!」
 
 前髪の奥で、夜一くんの瞳が達成感に輝いている。
 でも、私はタブレットを見つめたまま、ゆっくり首を横に振った。
 
「いいえ、夜一くん。そんな退屈な手は使わないわ」
「……え?」
 
 私はにやりと笑い、ホワイトボードに勢いよくマーカーを走らせた。
 
「罠をただ消すなんて、ただの守りよ。つまらないわ! 」

 夜一くんが目を丸くする。

「私たちが目指すのは、椿さんたちが仕掛けた罠を、レオくんを世界で一番輝かせるための最高の演出に変えることよ!」
「……演出、ですか?」
「そうよ! 考えても見て。観客が固唾をのんで見守る中、レオくんが華麗に滑り……いや、滑るかと思った瞬間に、それをダンスのようなステップで着地してみせるのよ!」
 
 私はレオくんの肩を軽く叩いた。

「レオくん。あなたはワックスを避けるんじゃない。ワックスがある床を、ランウェイに変えるのよ!」

 レオくんがふっと笑う。

「……ふふ。お嬢様のその計算、最高にイカれてるね」

 妖しいくらいきれいな笑みだった。

「いいよ。やってやろうじゃないか」

 まるでこれからパーティーに向かうみたいに、余裕の表情でうなずいた。

「毒舌マダム先生の対策もあるわ。朔が、先生の好みを全部調べてくれているの」

 レオくんを指差す。

「どんな嫌味を言われても、120%の美貌で受け止めて。そして、逆に褒め返して黙らせるのよ」

 私は夜一くんの肩をぽんと叩いた。

「夜一くん、あなたのデータは最高!」

 ホワイトボードを指す。

「ここからは、この情報を使って――」

 声を高くする。

「椿さんたちの予想を裏切る、地獄の特訓プログラムを開始するわよ!」

 夜一くんは嬉しそうにうなずいた。

「……了解です、お嬢様。椿様たちに、とびきりのサプライズを用意しましょう」

 さあ。次はレオくんの特訓よ。

 椿さんが描いた「無様な敗北」の脚本を――
 私たちの手で、歴史に残る、美の舞台に書き換えてやるんだから!