無敵なお嬢様はだまっていられない! 〜問題児な執事4人を、私がまとめてプロデュース!?〜

 翌日の放課後。
 旧校舎の長い廊下には、今、地獄のような仕掛けが張り巡らされていた。
 私が一本一本、角度を計算して設置した、数千個の鈴がついた透明な糸。
 
「いい、夜一くん。この鈴を一つでも鳴らしたら、即失格よ。呼吸を整えて、心拍数を今の半分まで落とすイメージで……。私まで辿り着いてごらんなさい」
 
 私は廊下の反対側で、手元のストップウォッチを構えた。
 夜一くんは、長い前髪を一度はらって、深く、深呼吸をした。

 分析開始……。
 彼のバイタルは、まだ緊張で少し高いわね。
 
 でも、次の瞬間、私は自分の目を疑った。
 夜一くんが、まるで空気が流れるように動き出したからだ。
 音がない。
 足音どころか、服が擦れるわずかな音さえ聞こえない。

 信じられない……! 私の計算した最短ルートよりも、さらに効率的な動きだわ。

 体をひねり、すり抜け、わずかな隙間をすべるように通過していく。
 まるで――影そのものが動いているみたい。
 あまりの美しさに、私はデータの記録を取ることさえ忘れて見惚れてしまった。
 そして、ふと気づく。
 
「……あれ?」
 
 夜一くんの姿が、廊下の途中で消えていた。

「夜一くん……?」
 
 どこに行ったの……!?
 焦って周囲を見回そうとした、その時。
 
「……つかまえました、お嬢様」
 
 耳元で、静かな声がした。
 同時に、後ろからふわりと誰かの体温が近づく。
 私の背中に、柔らかな重みが重なった。
 
「……っ!?」
 
 夜一くんが、私の背後からそっと、でも逃がさないように両腕を回していた。
 至近距離。彼の髪の匂いと、さっきまでの静けさが嘘のような、はやい鼓動が伝わってくる。
 
「……今の、ボク、ゴミじゃなかった……ですか?」
 
 夜一くんが、私の顔を覗き込んできた。
 その表情は、いつもの気弱なものじゃない。
 私までたどり着いた自信からなのか、少しだけいたずらっぽく笑っていた。
 前髪の奥の瞳と、至近距離で視線がぶつかる。
 
 ……近い。近すぎる!
 
「……え、ええ、最高よ!」

 なんとか言葉をしぼり出す。
 
「今のあなたは、完全に私の予測を超えた透明なスパイだったわ!」
 
 でも――あまりの近さに、私の顔が沸騰したように熱くなっていた。
 心臓がバクバクとうるさい。
 
「……あ、ありがとう……ございます」
 
 我に返ったように、夜一くんがパッと離れる。
 そして顔を真っ赤にして、またいつもの空気みたいな少年に戻ってしまった。

 ……今の、なに?
 私の心拍数が、これまでの人生で最大値を記録してるんだけど……。
 これ、データの異常じゃないわよね……?
 
 私は、火照る頬を隠すようにタブレットをぎゅっと抱きしめた。