「なんかすげーな! 世の中って、いつの間にかこうやって変わっていくんだな」
「うん。そうなのかもね……」
緩やかに続くあぜ道を、のんびり下ってゆく。
遠く広がる草原の向こうにアルパラナの城と私たちの住むアシオスの街並みが見えた。
エンリケがぼそりとつぶやく。
「……。なんかさ、普通に悪くなかったし。仕事してるって感じだったし。あいつ、いつの間にあんなカッコいい職に就いてたんだろうな。知らんかった。はは」
柔らかな風がエンリケの頬と私の髪を撫でる。
土色に広がる街並みは、どこまでも平和でのどかそうに見えた。
「なんか、仕方なかったのかな」
「なんかって、なにが?」
「リッキーの店のこと」
エンリケは両手を頭の後ろで組むと、のんびりと歩き続ける。
「ネズミが混ざっちゃうのはさ、ある意味仕方ないけど、なってしまったことには責任とらないとな。商売やってる以上当然っていうか、リスクも承知でやってることだし……。その、守護隊長の判断も、間違ってるとは言いにくいんだよ」
「そうかな」
「だってさ、病気が蔓延するのを防いだんだよ。リッキーの店にとっては事故だし、どこにでも誰にだって起こるようなことだけど、それでも、そうならない努力はすべきだったし、なってしまった以上は、やっぱり、なんていうか、その……」
「糾弾されても仕方ない?」
「だから言い方ぁ! 言い方な! だけど、その……。おかげで、俺たちが助かってる部分もあるんだし。何というのか、一概には何にも言えないよね」
「それは分かってるよ」
だけど私の中ではまだ、納得出来そうな雰囲気はない。
郊外に建つ夢のような大貴族の屋敷から、市中の路地裏に戻ってきた。
アルパラナ城と同じ明るい土色をした壁の続く、狭い路地裏を進む。
チラホラと通行人とすれ違うなか、私たちの前を木材を肩に担ぎ歩いていた男が、角を曲がった。
その横顔にピタリと足が止まる。
「ん? どうした、フィローネ」
「あの人、リッキーの倉庫広場にいた人だ」
「は? なに? なにがなんだって?」
「なんでもない。先に行ってて!」
「は? なんだよ、フィローネ。おま……」
うろたえるエンリケを置いて、男の後をつける。
細い路地を人をかき分け、悟られぬよう後をつけた。
間違いない。
倉庫広場で悪態をつき、守護隊本部前で野次を飛ばしていた男だ。
彼は路地裏に空いた空間の、中庭のようになっている四辻の壁に、運んでいた長い木材を立てかけた。
そこには町中に引かれた水路を繋ぐ小さな貯水池があり、目印となる木が植えられている。
彼はその木の下で、誰かを待っていた。
私は見つからないよう彼の背後に回り土壁にピタリと身を寄せると、じっと聞き耳をたてる。
男の元に誰かが近づいてくる、砂利を踏む音が聞こえた。
「今夜、ジュルの店でどうだ?」
「いいね」
私から彼らの様子は見えない。
多分ハイタッチを交わしたのであろうパチンという乾いた音が聞こえる。
次の瞬間、目の前に見知らぬ男が飛び込んできた。
私とぶつかりそうになった彼は、一瞬ギョッと驚いたような顔をする。
その男は赤い巻き毛にそばかすが目立ち、背は私を同じくらいでさほど高くはなく、茶色い目をしていた。
尾行していたのがバレた?
そう思った瞬間、彼はあっさりと通り過ぎてゆく。
私はほっと胸をなで下ろした。
明確な証拠だとか、確信めいたことなんて何もない。
だけどどうしてもまだリッキー商会の管理下で、小麦にネズミが混入するなんてことが想像出来ない。
もしそれが本当だというのなら、私だって納得する。
諦められる。
ちゃんとお店が再開したときに合わせて、彼らを支えてゆく覚悟が出来る。
だけど今は、そんな状態であったと納得も出来ないし、お店の再開すら危うい状態だ。
守護隊の判決が遅れれば遅れるほど、これまでの客は離れてゆくだろう。
実際私たちも、新しくサパタ商会と取り引きを始めようとしている。
だからこれは私自身のために、何よりも自分自身を納得させるために必要なことなんだと、そう言い聞かせる。
リッキー商会を失いたくない。
あの場所はトリノ夫妻と同様に、孤児としてやってきた私を受け入れてくれた場所だ。
あそこで見た魔法のような外の世界は、私の中で確実に現実とつながっている。
『今夜、ジュルの店で』
ジュルの店は知っている。
路地裏でも比較的広い通りにある大きな酒場宿だ。
一階はテーブルが五十席以上は並ぶ大きな酒場で、二階にあるベッドだけの部屋は、酔っ払って帰れなくなった酔客や、立ち寄った旅人がそのまま一晩を過ごすため宿だ。
ケンカや騒動の絶えない、お世辞にもガラのよい店だとは言えない場所だけど、そこへ行けば彼らと話が出来るかもしれない。
何かヒントのようなものだけでも欲しい。
材木を抱えた色黒の男が路地の奥へ消えて行く。
私はそれを見届けると、静かにそこを離れた。
「うん。そうなのかもね……」
緩やかに続くあぜ道を、のんびり下ってゆく。
遠く広がる草原の向こうにアルパラナの城と私たちの住むアシオスの街並みが見えた。
エンリケがぼそりとつぶやく。
「……。なんかさ、普通に悪くなかったし。仕事してるって感じだったし。あいつ、いつの間にあんなカッコいい職に就いてたんだろうな。知らんかった。はは」
柔らかな風がエンリケの頬と私の髪を撫でる。
土色に広がる街並みは、どこまでも平和でのどかそうに見えた。
「なんか、仕方なかったのかな」
「なんかって、なにが?」
「リッキーの店のこと」
エンリケは両手を頭の後ろで組むと、のんびりと歩き続ける。
「ネズミが混ざっちゃうのはさ、ある意味仕方ないけど、なってしまったことには責任とらないとな。商売やってる以上当然っていうか、リスクも承知でやってることだし……。その、守護隊長の判断も、間違ってるとは言いにくいんだよ」
「そうかな」
「だってさ、病気が蔓延するのを防いだんだよ。リッキーの店にとっては事故だし、どこにでも誰にだって起こるようなことだけど、それでも、そうならない努力はすべきだったし、なってしまった以上は、やっぱり、なんていうか、その……」
「糾弾されても仕方ない?」
「だから言い方ぁ! 言い方な! だけど、その……。おかげで、俺たちが助かってる部分もあるんだし。何というのか、一概には何にも言えないよね」
「それは分かってるよ」
だけど私の中ではまだ、納得出来そうな雰囲気はない。
郊外に建つ夢のような大貴族の屋敷から、市中の路地裏に戻ってきた。
アルパラナ城と同じ明るい土色をした壁の続く、狭い路地裏を進む。
チラホラと通行人とすれ違うなか、私たちの前を木材を肩に担ぎ歩いていた男が、角を曲がった。
その横顔にピタリと足が止まる。
「ん? どうした、フィローネ」
「あの人、リッキーの倉庫広場にいた人だ」
「は? なに? なにがなんだって?」
「なんでもない。先に行ってて!」
「は? なんだよ、フィローネ。おま……」
うろたえるエンリケを置いて、男の後をつける。
細い路地を人をかき分け、悟られぬよう後をつけた。
間違いない。
倉庫広場で悪態をつき、守護隊本部前で野次を飛ばしていた男だ。
彼は路地裏に空いた空間の、中庭のようになっている四辻の壁に、運んでいた長い木材を立てかけた。
そこには町中に引かれた水路を繋ぐ小さな貯水池があり、目印となる木が植えられている。
彼はその木の下で、誰かを待っていた。
私は見つからないよう彼の背後に回り土壁にピタリと身を寄せると、じっと聞き耳をたてる。
男の元に誰かが近づいてくる、砂利を踏む音が聞こえた。
「今夜、ジュルの店でどうだ?」
「いいね」
私から彼らの様子は見えない。
多分ハイタッチを交わしたのであろうパチンという乾いた音が聞こえる。
次の瞬間、目の前に見知らぬ男が飛び込んできた。
私とぶつかりそうになった彼は、一瞬ギョッと驚いたような顔をする。
その男は赤い巻き毛にそばかすが目立ち、背は私を同じくらいでさほど高くはなく、茶色い目をしていた。
尾行していたのがバレた?
そう思った瞬間、彼はあっさりと通り過ぎてゆく。
私はほっと胸をなで下ろした。
明確な証拠だとか、確信めいたことなんて何もない。
だけどどうしてもまだリッキー商会の管理下で、小麦にネズミが混入するなんてことが想像出来ない。
もしそれが本当だというのなら、私だって納得する。
諦められる。
ちゃんとお店が再開したときに合わせて、彼らを支えてゆく覚悟が出来る。
だけど今は、そんな状態であったと納得も出来ないし、お店の再開すら危うい状態だ。
守護隊の判決が遅れれば遅れるほど、これまでの客は離れてゆくだろう。
実際私たちも、新しくサパタ商会と取り引きを始めようとしている。
だからこれは私自身のために、何よりも自分自身を納得させるために必要なことなんだと、そう言い聞かせる。
リッキー商会を失いたくない。
あの場所はトリノ夫妻と同様に、孤児としてやってきた私を受け入れてくれた場所だ。
あそこで見た魔法のような外の世界は、私の中で確実に現実とつながっている。
『今夜、ジュルの店で』
ジュルの店は知っている。
路地裏でも比較的広い通りにある大きな酒場宿だ。
一階はテーブルが五十席以上は並ぶ大きな酒場で、二階にあるベッドだけの部屋は、酔っ払って帰れなくなった酔客や、立ち寄った旅人がそのまま一晩を過ごすため宿だ。
ケンカや騒動の絶えない、お世辞にもガラのよい店だとは言えない場所だけど、そこへ行けば彼らと話が出来るかもしれない。
何かヒントのようなものだけでも欲しい。
材木を抱えた色黒の男が路地の奥へ消えて行く。
私はそれを見届けると、静かにそこを離れた。



