夜を繋いで君と行く

* * *

 ただ何気なく流れていく家での空気というものに思い出も彩りもなかった。だから家というものは好きではなく、家具にせよ家電にせよ、特に気にしたことはなかった。
 それなのに、この家に入ってすぐに驚いた表情を浮かべて、そうかと思えば仕方ないなと言われそうなほど呆れた表情になり、慣れない作業に少し苦戦しているときに感じる視線は優しかった。目が合って逸らされなければ口元が緩んでしまうし、逸らされればそのまま目で追いかけてしまう。

(…家ってこんな穏やかな場所だったっけ?)

 ジャーと水を勢い良く流す。水の勢いが思っていたよりもすごくてキッチンの周りに水が飛んだ。キッチン周りに使用感がある。そのことに気付くと、また不思議な気持ちになった。ふと家の中を見回すと確かにここには生活感がないのだとわかる。彼女が触れたもの、彼女がいた場所、彼女が持ち込んだもの、そのそれぞれに色があり、そこだけ色づいた。そこには生活が根付いているけれど、それ以外のところはひどく殺風景で白色に見える。

(…はぁー…なるほど。俺には何にもなくて、色がない。怜花ちゃんは一人で生きていけるくらい何でもできて、自立してる。それが、彼女がもつ色。)

 洗った食器を立てかけ、手を拭いて二階堂はリビングに戻った。彼女が手にしていたブルーレイは、里依と三澄が出会ったあのライブのものに変わっていた。

「…この日、私は二階堂さんの本物を初めて見たんですよ。三澄さんもですけど。声優さんのライブなんて初めて当たりましたし。」
「倍率はなかなかだったって聞いたなぁ、それ。」
「はい。だから当たっても当たらなくてもどっちでもいいよねって気楽な感じで話してたんです。でも当たってなかったら里依は三澄さんに出会ってなかったし、里依が今みたいに楽しそうにしてることもなかったんだなって思うと、チケットを当てた私ってグッジョブって感じしませんか?」
「怜花ちゃんが当てたんだ。」
「はい!」

 いつも彼女の想う先には『里依』が出てくる。自分の幸せなんて本当にどうでもいいことみたいにいつも言うから、『そうじゃない』と言いたくなって、言えなくて止まる。今もにこっと可愛い笑顔を向けてくれている。こうやって気の抜けた笑顔を時折見せてくれるから、自分の中に彼女に対する『可愛い』と思う心と瞬間が降り積もっていく。そしてそれは一人になった時間にフラッシュバックして、どうしようもない気持ちにさせてくるのだ。