夜を繋いで君と行く

* * *

 律の声は聞こえていた。背中をさすってくれる手がいつも通りの温度で優しいこともわかっている。感じられている。それなのに息ができない。ずっと、苦しい。

「っ……はぁ、っく、はぁ……。」
「聞こえる?俺の声、わかる?」

 怜花は頷いた。もう片方の律の手が、怜花の手にそっと乗った。そこから伝わる体温も本物で、ふわりと香るいつもの匂いも律のもので、これは嘘ではなくて現実だとわかるのに、この現実が壊されてしまうことが怖い。
 どうして忘れていたのだろう。彼女は幸せな現実を幾度となく壊してきたのに。どうしてそれが『今は大丈夫』だなんて思えていたのだろう。
 差出人の文字は見慣れた丸文字で、10年以上見ていなかったはずなのに、一瞬で過去を呼び戻す。

『お姉ちゃんばっかり幸せになるなんてずるい』
『お姉ちゃんばっかり好かれるなんておかしいよね』

 忘れることのできない声が、頭の中でガンガンと響く。律の声をかき消してしまいそうになるくらい強く。

「泣いたまんまでいいよ、怜花。でも息はしよ?少しだけふぅーって息はいて、ね?」

 怜花は律の手が乗ったままの手をそのままぐっと強く握った。

「ふっ……はぁ……。」
「そうそう、上手。できてる。ふーってしたら息吸えるから。はい、もう一回。できてるよ、怜花。」

 律の声が消えるのが怖い。聞こえている律の声のままに、少しだけ息がはけるようになった。涙は止まらないが、浅い呼吸が少し収まって、意識が飛びそうになる気配が遠のく。

「ゆるーく抱きしめても平気?あっためる?ずっと震えてる。寒い?」
「……よごし、ちゃう……服っ……。」
「何言ってんの。そんなのどうでもいいよ。怜花が息できなくていなくなっちゃったら俺、どうしたらいいのかわかんないし。はい、おいで~。」

 滲む視界の奥に、律が腕を広げているのが見えた。自分から寄って抱きしめてもらいたい気持ちと、またこうやって律に涙の相手をさせることへの申し訳なさのどちらもがあって動けないでいると、律の長い腕が怜花の背にそっと回された。全身が律の少し高い体温に包まれると、そのまま力が抜けて律の胸に顔を預ける格好になってしまった。涙は律のスウェットに吸収されてもなお、怜花の目元には残っていた。