夜を繋いで君と行く

「俺もあーんやりたいから、一旦そこ座って。」
「私味見はもうしたんだけど!あとまだ朝ご飯の準備終わってない!」
「準備早すぎるくらいって言ってたじゃん。まだ時間に余裕あるよね?」
「…う…。」

 怜花が反撃の手をなくしているのをいいことに、律はとった怜花の手をそのまま自分の頬にすり寄せた。指からはいつもの怜花の香りではなく、何かの野菜の匂いがした。

「はい、あーん。」
「…わかった。」

 観念した怜花は静かに目を閉じて、口を控えめに小さく開けた。唇にクッキーが触れるとパクっと食いついて、もぐもぐしている。小動物みたいな動きが可愛くて、思わず律も笑顔になった。もっと食べさせたい気持ちが膨らんでいくが、多分やりすぎると逃げてしまう。

「…あーん待ちの顔、待ち受けにするのはあり?」
「絶対なし。」
「…仕事頑張れないかも。」
「…クッキー作ったでしょ。律もやりたいかと思って、律が型抜きやる分もとってあるけど、そんなこと言うなら全部私がやっちゃっていい?」
「だめです!やりたい!残しておいてください!」
「はい。じゃああと10分は横になってて。もうすぐできるよ。」

 ふわっと振り返って、怜花が柔らかく微笑んだ。
 母親にこんな風に食事がもうすぐできる、なんて声を掛けてもらったことがあったのだろうか。一緒に囲んだ食事は、最も苦手とする父親がいたときが当然苦痛だったけれど、母親と食べてもどこか虚しくて、本当にただ死なないためだけに何かを口に運んでいただけだった。母は専業主婦だったため、母と時間をずらして食事ができたのはそれこそ部活が始まってからだったかもしれない。姉と食べるのは気が楽だったが、それ以外は息苦しくてだめだった。
 今日は妙に自分の過去を思い出す。それは多分、今自分が耳にしている音も、感じている香りも、向けられる笑顔も、さりげなくて見返りを求めない優しさも、どれをとっても過去の自分に与えられたことがないものばかりだからなのだろう。

「れーかー。」
「今度は何?食べたいもののリクエスト?」
「なんかちょっと泣きそうー。」
「えっ、なんで?」

 またひょこっとキッチンから顔だけが出てきた。多分手が離せない状況なのだろう。

「…なんか、怜花の音があったかくて。」
「音?そんなにしてる?あ、でもそうだね。かぶの葉切ったりとかしてたからしゃきしゃき音は鳴ってたかな。」
「はー…こういう、普通の人が普通にやってたことって、手に入るっていうか、…俺でも体験できるもんなんだね。」
「…泣きそうなの、どうにかなりそう?ちょっと今、手が離せなくって。」
「ごめん、変なこと言って。大丈夫。気にせず続けて。」
「…我慢は、してない?」
「うん。怜花のご飯食べたいなーって、気持ちをそっちに集中させるから。」
「わかった。今日はしっかり和食にしたよ。鮭焼いたから、そのままご飯と食べてもいいし、お茶漬けにもできる!かぶと油揚げのお味噌汁もあるし、他にもおかず、用意してるからもう少し待ってね。」
「うん。…めちゃくちゃ全部美味しそうだし、…気合入ってるね。…ありがと。」