キッチンでは怜花が少しいつもと違って一生懸命な表情で何かしているように律には見えた。毛布を持って現れた律を見て、怜花は少し顔をしかめた。
「寝ててって言ったのに。」
「ソファで寝るの。」
「…そう。おやすみ。」
「んー…。そっち行っちゃだめ?何してんの?」
「律が帰ってきたらやれる分も残してはおくから、とりあえず横になってて。昨日、すぐ寝落ちたよ?やっぱり疲れてるんだって。ステージ上で倒れるわけにはいかないでしょ?」
「…怜花も過保護じゃない?いつもより少しは眠いけど、そんな死ぬほど眠いってわけじゃないよ。」
「…いいから毛布にくるまって、目を閉じる。」
「…わかりました。」
律はしぶしぶソファに横になる。毛布にくるまって目を閉じる。包丁を使ってる音はしない。しばらくすると、オーブントースターが開いた音がした。
「10分くらいで様子見…かな。」
10分も何を焼くのかは律にはわからない。冷蔵庫のドアが開き、何かが取り出されたようだ。水の流れる音がしたと思ったら、今度は小気味いい音が聞こえた。包丁で何かをトントンと切っている。葉ものではなく、もう少し分厚そうなものを切っているようにも聞こえる。と思ったら今度はもっと細かく何かを切る音に変わった。それなりに耳を使う仕事で良かったと思う。敏感に感じ取れるし、自分の生活の中になかった音は楽しい。
(…なんだろう、これ。だしの香り、かな。)
家庭の味というものは、もう記憶にはない。父は家事をする習慣のない人で、母はそれに文句を言うこともなくただ従っていた。母が家事全般を担い、食事も作っていたがその母の味というものをかれこれ10年以上食べていない。おそらくもう二度と食べることはないだろうから、思い出すこともきっとない。思い出したい味すら、ないようにも思う。そもそも律は子供の頃から家を出るまで、リビングで長時間過ごすということを許されてこなかった。だからこそ怜花が作るこの生活の音、家庭の音とも言えるかもしれないそれは初めて聞くと言っても過言ではなかった。しかしなぜか心地よくて近くで聞いていたい、そんな気持ちにさせるものだった。怜花の近くに立って、怜花が何をしているのか、どういう顔でするのか知りたいという純粋な好奇心もあったけれど、それ以上に音が心地よかったのかもしれない、と耳の神経を研ぎ澄ませている今、ぼんやりとそう思う。
(…音も気持ちいいけど、香りもいいな。…ちょっと香ばしくなった。なんだろ、これ。)
「寝ててって言ったのに。」
「ソファで寝るの。」
「…そう。おやすみ。」
「んー…。そっち行っちゃだめ?何してんの?」
「律が帰ってきたらやれる分も残してはおくから、とりあえず横になってて。昨日、すぐ寝落ちたよ?やっぱり疲れてるんだって。ステージ上で倒れるわけにはいかないでしょ?」
「…怜花も過保護じゃない?いつもより少しは眠いけど、そんな死ぬほど眠いってわけじゃないよ。」
「…いいから毛布にくるまって、目を閉じる。」
「…わかりました。」
律はしぶしぶソファに横になる。毛布にくるまって目を閉じる。包丁を使ってる音はしない。しばらくすると、オーブントースターが開いた音がした。
「10分くらいで様子見…かな。」
10分も何を焼くのかは律にはわからない。冷蔵庫のドアが開き、何かが取り出されたようだ。水の流れる音がしたと思ったら、今度は小気味いい音が聞こえた。包丁で何かをトントンと切っている。葉ものではなく、もう少し分厚そうなものを切っているようにも聞こえる。と思ったら今度はもっと細かく何かを切る音に変わった。それなりに耳を使う仕事で良かったと思う。敏感に感じ取れるし、自分の生活の中になかった音は楽しい。
(…なんだろう、これ。だしの香り、かな。)
家庭の味というものは、もう記憶にはない。父は家事をする習慣のない人で、母はそれに文句を言うこともなくただ従っていた。母が家事全般を担い、食事も作っていたがその母の味というものをかれこれ10年以上食べていない。おそらくもう二度と食べることはないだろうから、思い出すこともきっとない。思い出したい味すら、ないようにも思う。そもそも律は子供の頃から家を出るまで、リビングで長時間過ごすということを許されてこなかった。だからこそ怜花が作るこの生活の音、家庭の音とも言えるかもしれないそれは初めて聞くと言っても過言ではなかった。しかしなぜか心地よくて近くで聞いていたい、そんな気持ちにさせるものだった。怜花の近くに立って、怜花が何をしているのか、どういう顔でするのか知りたいという純粋な好奇心もあったけれど、それ以上に音が心地よかったのかもしれない、と耳の神経を研ぎ澄ませている今、ぼんやりとそう思う。
(…音も気持ちいいけど、香りもいいな。…ちょっと香ばしくなった。なんだろ、これ。)



