好きになっちゃ、いけない。〜イケメン主は家政婦兼最強スパイちゃんを溺愛したい〜

　そんな私の疑問に答えるように、玄さんはすらすらと話を続けた。
「俺は、それが嫌だ。……わかりやすく言えば、俺が沙雪家に生まれなければこんな贅沢な生活はできなかったし、将来が約束されているなんてことはなかった。だからだよ」
　だから……？
　玄さんはさくから手を浮かすと、私に向き直った。
　その目はまるで色々な感情が混ざっているような影を持っていて、けれどその影を秘めたままの色はもう決心を決めているようにまっすぐとしていた。
「俺は、生まれた時から立場が決まっている世界が嫌いだ。どうせなら、沙雪という苗字を捨て一から生きていきたい」
　……っ！
　私は息を呑む。
　やっとわかった。納得した。
　生まれた瞬間から、様々な人の期待が寄せられる。勉強や運動が得意なのも、小さい頃から特訓されてきたから。
　そんなの……窮屈と感じて当然だ。生まれた時からずっとそうなら、尚更。
　もしかしたら、あの部屋も、食事も、私たち家政婦も。全部、それの延長線で嫌いだったのかもしれない。
　前の『主従関係が嫌い』ってやつの理由も、それなら当てはまる。
「……ごめんな。急に、こんな話して」
「い、いえっ！」