「えぇ、なにそれ。自分の娘のお願いだったら聞いてくれるんじゃないの?」
「そもそも、本当の娘じゃないからね……」
 私は小さい頃に両親を亡くして、児童養護施設で育てられていたところを波原さんが引き取ってくれたんだ。
 あまり家族らしい会話をした記憶はないし、波原さんは私を呼ぶ時「雨雅柚希」とフルネームで呼んでる。
 きっと引き取った時から、私をスパイとして育てるということは決まっていたんだと思う。
 だからこれは避けられない道だったんだと思うし……、ここまで育ててくれたお礼はどうやっても返しきれない。
「柚希……」
 少し悲しそうに私の名前を呟いた翠くん。
 あっ……く、暗い雰囲気になっちゃったかなっ。
 私はあわてて、にこっと全力の笑顔をつくり翠くんに笑いかけた。
「いざ引き受けたからには、全力でやらなきゃだよねっ! 頑張る……!」
 私がそう言うと、翠くんもほっとした表情をしてから笑い返してくれた。
 翠くんは初めて会った時表情の変化が全然ない人だったんだけど、最近はよく笑顔を見せてくれるから嬉しい。
「うん。あーでもやっぱり柚希かわいいから、男にちょっかい出されないか心配」
「か、かわいい……?」