月が綺麗な夜のことだった。
 私はいつも通り仕事を終えると、自分の部屋へ向かう。
 結構、遅くなっちゃったな……。テーブルにある汚れがなかなか落ちないのが気になって、いつもはお風呂に入ってる頃の時間帯まで掃除をしていた。もちろん、陽宙くんと春雷くんは先に寮に帰っていったし、杏さんは明日の夜ご飯の用意をするとまだ調理場にいる。
 窓から月を眺めていると、スマホが鳴った。
 手に取ってみると、わ、波原さんからの電話だ。
 廊下の端により、周りに誰もいないことを確かめ電話に出る。
「もしもし、柚希です」
《雨雅柚希、今の成果はどうだ》
 波原さんにそう訊かれて、緊張が身体に走る。
 成果は、玄さんが社長になるのを拒んでいること……だ。
 けれど、これは絶対に伝えたくないと思った。
 伝えてしまったら、今更だけど、ちゃんと玄さんを『裏切った』ことになるから。
「…………すみません。成果はありません」
 ためらって、ためらって、そう言った瞬間。波原さんががっかりした様子でため息をつく音が聞こえた。
 言っちゃった。今この瞬間、私は玄さんを裏切らなかったと同時に、波原さんを裏切ったってことになる。