コンコン、と立派なドアをノックする。中から「どうぞ」と久しぶりに聞いたような男の人の声が聞こえてきた。
　私は重いドアをそっと開ける。部屋の中は相変わらずすごい高級そうな家具などが並んでいて、中央にあるふかふかそうなソファに私を呼び出した人が座っていた。
「来たか、雨雅柚希(あめがゆずき)」
「はい。お待たせしてしまったようで、申し訳ございません」
　頭を下げる。だからその人の表情は見えないけれど、はっと私を見下すような笑いを浮かべたのが分かる。
　波原(なみはら)さん。株式会社namihara(なみはら)って言う会社の社長。そして、私の……義理の父でもある。
　私は頭を上げると、波原さんを見た。
「それで、何かご用でしょうか？」
　波原さんとは、運が良くて一ヶ月に会うか会わないぐらいだ。それも廊下や他の人と話しているところを見かけるぐらいで、こうやって呼び出されるのはとても珍しい。
　何の用だろう……？
　ここに来る途中たくさん考えたけれど、全然思いつかない。
　すると波原さんは、ふっと唇の端を持ち上げた。その表情に、嫌な予感がする。
「お前には──沙雪家に侵入する、スパイになって欲しい」
　……え？
　目を見開く。それと同時に、胸がドキドキと高鳴ってくる。