夢であってほしいと願っていた。例え、夢じゃなくても、勘違いとか、見間違いとか、そうであってほしいと祈ってさえいた。

 実際、昨夜、布団の中で祈っていたわけだが。

 しかし、それは、
「達筆!!」
 この一言で打ち砕かれた。

 放課後の皆が一斉に帰り支度に勤しむ中、教室に響き渡るテノールの透き通った声。
 女子達は「カッコイイ」という言葉を甘い溜め息と共に漏らしている。

 クラスメイト達は、声のする方向、教室後方の廊下に面した戸に視線を一斉に向けた。たぶん僕以外全員。

「おーい、達筆ぅ!!」

 勘弁してほしい。そんなに叫ばなくても聞こえてます。

 そして、大声の「達筆」連呼は徐々に近づく。その連呼の回数が重なるたび、女子達は、何かに気づいたのかコソコソと声を潜めだした。

 まもなくして、肩に程よい衝撃が伝わる。肩を叩かれた。

「無視なんて酷いじゃないか、達筆。
イケメン、無視するべからずって言葉しらないの?」

 どこの国の言葉ですか?

「せ、先生、何かご用ですか……?」

「確かに、俺は顔はいいし、性格もいい。スタイルだって抜群の良い先生だ。
気が引けるのはよくわかる。
だけど、ほら、俺と達筆は、顧問と部員の仲じゃないか。
あだ名で呼び合おうよ、達筆!!」

 ウ、ウインクなんて今時する人いるんだ……。星が飛び出てきそうな勢いで片目をつぶるには、相当な鍛錬がいりそうだ。
 鏡に張り付いて練習している姿が安易に想像出来てしまうのは、何故だろう。

 ……この人の口ぶりじゃ、昨日サインしたあのプリント、僕の見間違いの類なんかじゃなく確かに『入部届け』だったと言うことか。

 嫌だ! 絶対に嫌だ!!

 部活なんて、絶対いやだ。
 中学でちょっと欲目をだして部活に入部したところ、大変な目にあった。ほんと、危うく死ぬところだった。というか、もう、どことなく死んでいた。

 僕は、平穏無事な高校生活を送りたいんだ!!