深く深呼吸をして、筆を握る。
 この瞬間に力が漲るのわかる。不思議と矢が風を切る音も気にならなくなる。

 たったひとつの僕の取り得、書道。
 
 こんなチャンス二度とない。というか、僕には明日さえあるかわからない。
 巫女さんへの熱い思いをこの筆にしたためよう。
 
 恋文だ。
 『遺書』という末恐ろしい2文字が脳裏に浮かんだ気がしたのは、きっと気のせいだ。

 横にした半切に、かなと草書織り交ぜて、僕の気持ちを綴る。実を言うと、かなは4段なのだが、そこのところはご愛嬌ということで。

 あああああ!!
 
 なんという事だ!!

 大きな姿見の横で
「というか、バナナ、お前のその格好はなんだよ。その額にある三角の白いやつ、変だぞ」
 なんて、レスリングの格好をした殿が壁に向かって言うから、つい、
「変なのはお前だ!!」
 と心の中でツッこんでしまい、『恋しました』を『変しました』って書いてしまったじゃないか!!

 何てお決まりなミスを……。

 まあいい。書の神様、王義之だって「文」を「作」と途中まで書いたんだ。しかもそれを皇帝に献上までしたんだ。

 ふ、と、一体、僕は何をしているのだろうか、という疑問がよぎったが、考え出すと悲しくなりそうなので、あえて無視することにした。