「なあんだ、こんなところにいたのか、達筆!! 探したぞお。
あ、そうか。一緒に歩くと周りから俺の美しさと比較されるからと思っていじけてたんだなっ!ごめん、ごめん。かっこよすぎる俺が悪かった」

 一夜明けても、そのおめでたい思考に変わりはないようだ。

 僕以外誰もいない教室に、足を高々と上げながら奇妙なステップで侵入してくる殿。
 ステップというより、この動き、何かの映画で見たことがあるぞ。千鳥足で次々に敵を倒す……そうだ、酔拳だ。
 まあ、この人の場合、酒ではなく、自分に酔っているのだろうが。

「神が生んだぁ、奇跡ぃ~、それは、オレェ!!
世界の至宝ぉ、誰もが振り向くぅ、それは、オーレェ!!」

 どこかで耳にしたことがあるような、情熱的なメロディにのせて、殿はナルシストをここぞとばかりに発揮する。

 フラメンコか? 手にはカスタネットさえ見える気がする。

 殿の中では、このガランとした教室に1万人の観客がいることになっているのだろうか。

 人気歌手がステージの上で、唄っている最中に観客に求めるように、頭の上で大きく手を打ち鳴らす。はっきり言って、うるさい。

 腕を動かす度に、そこにすだれ状についた細い紐がしゃらしゃらと揺れる。
 ラメとスパンコールをふんだんに使った、その奇抜な衣装は80年代のアイドルスターを意識しているとしか思えない。

 どこで購入したのだろう? 「特注さ。似合うだろ?」と白い歯を輝かせながら言われるのが怖くて尋ねられないでいる僕は、きっとヘタレなんだろう。

 そして遠回りは、架空のファンへサービスですか?
 ようやく僕の前までやってくると、その場でフィギアスケートよろしく、3回転スピン。

「へぶしっ」

 あ、こけた。しかも、目が回ったのか、足がもつれたのか、並んだ机を派手に倒し、その角に頭を強打。

 このまま、意識を失ってくれないだろうか。

 僕の願いは届かず、勢いよく飛び起きて、なぜかクラウチングスタートの姿勢に。
 おもむろに顔をあげて、極上の微笑み。この顔だけ見たら、鼻血ものだろう。

「親近感をかもし出す為にわざと転んでやったわけだが……」

 うそつけぇぇ!!