「それでもいいです、もう……。
それでも退部したいのですが……」

「フフ……」

 速記さんは、怪しい含み笑いをしながら、鞄から、単行本を取り出した。単行本というよりは、厚みと表紙の色から広辞苑に近い。

 とり残された僕は、日曜夕方六時の国民的アニメあたりで「ポアーン」という効果音と共に、額から目の下にかけて何本もの縦線が入ったような、そんなかんじ。

 な、なんだんだ。言いたいことがあるならはっきり――

「まあ、内申書と退部じゃあ、間違いなく退部を取るよね。
誰だってあのナルと関わりあいになりたくないからね。
でもさ、退部届け……顧問のナルしか持ってないんだよね」

 え……。
 並べられた机の上にどかっと腰を掛けた空手さんは、「ナルが退部届け渡してくれると思う?」と肩をすくめた。ややオーバーリアクションだ。
 殿ことナルと一緒にいると、感化されてきてしまうのだろうか……。

 そう考えた途端、背中に冷たいものが走る。

「……蛙の涙1滴……ヤモリの尻尾1センチ……焼肉のたれ3滴……カラスの羽1枚……呪いの対象の鼻毛……5本……フフ、あと2本」

 速記さんが何やらぶつぶつ言っているが、聞えなかったことにしておこう。

 というか、何の本を読んでいるのかが気になってしかたがない。……速記さん、鼻毛3本集めたんだ。凄い執念だ。

 速記さんのインパクトありすぎる呟きに圧倒されて、頭が白くなりかけたが、空手さんが言うには――

「では、退部は……」

「無理だね」

 ばっさり切り捨てられてしまった!!

 い、いやだ!!

 これが、明日美女の家にお誘いを受けた幸運の代償なのだろうか。
 否!
 そんなことあるはずはない。僕のマイナス値は100の大台に乗っているはずだ。美女の家にお招き頂くくらい、その100で事足りるはずだ。

 ……それとも、僕ごときが、巫女さんのような絶世の美女にお招きいただくのには、100では足りないということなのか? それはそれで……悲しすぎる。