「ふぬう……」

 朝だ。ほの暗いがたぶん朝だ。僕の部屋は北向き。よって、朝日なんて拝めない。
 長男には、一番良い部屋を、という心理は僕の家では通用しないらしい。

 はて、5個の目覚まし時計はどうした。昨日の危険回避イメージでは、けたたましい目覚まし時計の音に起こされるはずだった。

 と、いうことは、だいぶ早く目が覚めてしまったか、それとも……。

 枕元に並べてある目覚まし時計のひとつに手を伸ばす。

 !
 
 と、止まってる!?

 ちょっと待て。じゃあこっちは、と隣の時計に手を伸ばす。お、遅れてる……?

 おい、嫌な予感がするぞ。僕の嫌な予感は当たるんだって、おいおいぃぃ!

 その隣の時計は、規則正しく秒針を刻んでいるが、どうして9時にセットしてある。

 残りの二つも、まあ、似たようなもので。

 だがしかし、ひとつ聞きたい。今は、いったい何時なんだ?

 唯一、正確と思われる(しかし、目覚ましのセットの時刻は正確ではない)時計を正しいとすると、現在は、八時半ジャスト。

 入学式から遅刻か!?

 ま、まあ、いい。これくらいのことはいつものこと。なんてことは――なくない!

 入学式の遅刻は、これで3度目だ。というか、これは、小・中の入学式に比べれば可愛いものだ。幸い、うちから高校まで、バスで10分という好立地。

 急げば、僕は人生で初めて入学式に出席できるかもしれない。
 今日を逃したら、あれだ、残りの入学式は、大学だけになってしまう。下手したら一生入学式には出られないかもしれない。

 急げ!

 いや、急いではいけない。僕の経験からいけば、ここで急いだって何も良い事はない。急げば何らかの災難に遭う。

 はやる気持ちを抑えて、昨夜何度の確認した制服に身を包み、同じくなんども確認した鞄を抱えた。

 滑って転んではいけないので、靴下は階段を慎重に下りてから。

「あらあ、今日は早いのね」

 なんてすっとぼけたことを口走る母親は、無視に限る。

 ぼくは、早足で(決して走ってはいけない)洗面所の入った。

 ……お母さん、歯磨き粉きれてるじゃあないですか。