考えにふける僕の脳裏に、ガツン、という鈍い音が割って入ってきた。

 ふと視線を落すと、そこには『考える人』が存在していた。あの有名な彫刻だ。しかもその『考える人』は何かに耐えるように小刻みに震えている。

 殿だ。

 扉が開いている。ああ、殿、いきなり開いた扉に頭、ぶつけたな。

「あら、あなたどちら様?」

 ふいに掛けられた声に視線を上げれば、美女。

 艶やかな黒髪は、ゆったりと腰まで流れるセーヌ川。
 濡れたような睫毛に縁取られたはっきりとした目元。
 その熟れた赤い唇は、間違いなく僕を誘惑している。
 かと思えば、一転、小さく形のいい鼻は可憐で、もはや、鼻ではなく花だ!!

 小野小町か楊貴妃かクレオパトラか? いいや、女神だ! ヴィーナスだ!!

 ちょっと、この沈魚落雁、八面玲瓏、明眸皓歯、目元千両口元万両なお方、僕をその黒曜石のような潤んだ瞳で見つめてない? いいや、見つめてる。

 今まで僕に降りかかってきた不幸の数々は、今日のこの出会いの為だったのか?

 なんか、もう、それでもいいぞ。この出会いの為に今まで不幸であったような気さえしてくる。

 この僕にこんな美女と見つめ合える日が来るなんて!!

 なんて美しいひとなんだ。ちょっと口じゃ言えないようなイケナイ妄想が走馬灯のように駆け巡る。走馬灯に関しては得意分野だが、こんな素敵な走馬灯は初めてだ。

「あなた……いいわ」

 ぎゃあぁぁぁ!僕、もう死んでもいい!!

 白くか細い手をその小さな顔に当てて、僕をうっとり見てるではありませんか!

 幸せだあ!
 僕は今、最高に幸せです!!