日の光が差し込まないような一番隅っこの部屋の前で殿は立ち止まった。

「ここが風水研究部の部室だ」

 あ、そうですか。

 しかし、陰気くさいところだなあ。
 この部屋で青春時代を過ごそうと思うやつってどんなやつなんだろうか。
 『部』と銘打っているくらいだから、それなりに部員はいるんだろうけど。

 そして殿は、おもむろに振り向くと、
「いいか、達筆。この部屋の中では決して『バ』から始まる単語を口にするんじゃないぞ」
 なにやら真剣な面持ちで、そう声を潜めた。

 この人は、何を言ってるんだ?

 しかし、『バ』が頭につく単語なんて、普通の会話じゃ、そうそう出てこなそうだ。
 人を罵ろうとか、両刀使いの恋愛に走らなければ、うっかり口を滑らせることもないだろう。

 ……期待を滲ませた瞳で、僕の眼鏡を覗かないで頂きたい。

 わかりましたよ。聞いてほしいんでしょ、はいはい。
 はあ。面倒くさい人だなあ。

「どうしてですか?」

 途端、殿は、手のひらを回転させながら僕に向けて突き出した。歌舞伎? そして反対の手は何故か眉間に位置している。

 そのポーズ、かっこいいんですか? 

 しかし、その見目麗しい顔の表情は、真剣そのものだ。冗談でやっているわけではないらしいから恐ろしい。

「昔、『バ』から始まる名前のヤツがいたんだよ。
そいつ、俺にホの字だったんだけどな、ハハハ」

 はい?

 今の話、面白い所ありますか? というか、僕に質問させた意図は?

 ……『バ』が頭文字にくるくらいだから、きっとその人、外国人なんだな。殿に惚れるくらいだから、もしかすると、地球人じゃない可能性も出てくる。
 そう、きっと留学生かなんかで、孤独だったんだ。

 唯一その留学生に話掛けたのが、この殿で(この人は人見知りなんかしなさそうだ)、留学生も慣れない土地と孤独で精神に何らかの疾患をきたしてしまい、正常な判断が出来なくなって、間違って殿に惚れてしまったんだろう。

 なんて、哀れな人なんだ、留学生『バ』。

 ……こんなこと考えるなんて、僕、きっと疲れてるんだ。