「俺の爪の形ってさあ、なんていうんだろ。こう、見てるとときめくでしょ。
縦と横で黄金比なんだよ。知ってる? 黄金比」

 極めてる。ナルシストもここまでくると賞賛に値すると思う。
 だって、爪だよ? ときめくわけがない。

 自分の爪見ながら、ぽーっと悦に入っちゃってる人みたことある?

 そういう残念な人をもし見かけたら、その人は間違いなく変態だ。

 僕の隣を歩く、爪に見とれていた為に消火器にスネを思いっきりぶつけてもがいている、この自分を殿と名乗るふざけた教師のように。

 ところで、殿は、僕をどこに連れて行こうとしているのだろうか。
 登校初日の僕は、慣れない校舎をひた歩く。

 なんだか、随分歩いている気がするし、進むごとに薄暗くというか空気が重くなってきているような気がする。
 出口の見えないトンネルの奥へ奥へと進んでいるようなそんな錯覚に陥る。

 そんな僕とは対照的に、殿は、だんだん顔がにやけてきている。

 にやけているといっても、そこは、容姿端麗。いやらしさのかけらも無い。
 ただ、ちょっと怖いと思うのは許してほしい。

 爛々と輝く引き込まれるような黒目と薄ら笑いを見せる口元が精神を病んだ人のそれと、どう区別をつければいいのかわからないのだ。

 ……いや、この人、正常な精神を持ち合わせているのかさえ怪しい。

 そうか。この人は、ちょっと可哀相な人なんだ。

 そうじゃなかったら、殿だなんておかしい呼び方を強要したりしないだろうし、今やっているように歩きながら手鏡に向かって「この世で一番美しいのはだあれ?」なんて言わないだろう。

 ああ、僕としたことが気づかなかったなんて。

 これからは、暖かい目で見守ってあげよう。

 ……もちろん、遠くからそっと。