律さんの部屋は、夜の静けさの中で異様に重たかった。
障子の隙間から差し込む灯りは小さく、空気は張り詰め、呼吸すらためらわれる。
京は畳に正座させられ、律さんはその正面に座っていた。

「京」
名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねた。
いつもと変わらぬ穏やかな声音なのに、背筋を針で刺されるような感覚が走る。

律さんは、ほんの少し微笑んで首を傾けた。
「昨夜、何を話していたの?」

その瞬間、京の喉はきゅっと閉じた。
――聞かれていた。見られていた。
嘘をついても無駄だと、本能で理解する。
だが真実を口にすることは、あまりにも恐ろしい。

沈黙が落ちる。
律さんの視線が、じわりと体を締め付けていく。
京は必死に何か言葉を探したが、唇は乾き、声は出なかった。

律さんの笑みが、わずかに薄れる。
「京……私に隠し事をするの?」

その問いかけが柔らかいほど、逃げ場はなかった。
背筋に冷たいものが走り、呼吸が浅くなる。
ただ黙って首を振ることしかできない。

だが次の瞬間、頬に鋭い痛みが走った。
律さんの手が振り抜かれたのだ。
視界が揺れ、遅れて熱が込み上げてくる。

「私を裏切るの?」
声はまだ穏やかだったが、響きは冷たく重い。

心臓が喉に詰まり、息がうまく入ってこない。
胸を押さえ、浅い呼吸を繰り返す。

律さんは身を乗り出し、京の肩を掴んだ。
爪が皮膚に食い込み、骨にまで圧がかかる。
「私に言えないことなの? それとも、私を悲しませたいの?」

肩がぎり、と軋み、血が滲む。
その痛みと律さんの眼差しに、京の視界はじわりと滲んだ。
必死に首を振り、唇を開くが、言葉が詰まって出てこない。

「京、私を信じて。私はあなたを大事に思っているの。だからこそ聞いているのよ」
ささやくような声が耳元に落ちる。
優しい音色なのに、拒むことを許されない。
胸の奥の抵抗は薄れ、ただ言わなければ終わらないと悟る。

「……そ、外に……出たいと……」
かすれた声が、震える喉から搾り出された。
口にした瞬間、全身の力が抜け、京は小さく震えた。

律さんは目を細め、ゆっくりと頷いた。
「やっぱり……。まだそんなことを考えていたのね」

頬に再び衝撃が走り、熱が広がる。
呼吸が詰まり、喉からひゅうと音が漏れる。
涙が溢れるのを止められず、京は両手を握りしめて俯いた。

「鈴も慎も、もう素直に私の言う通り生きているのに。どうして京だけが抗うの?」
律さんの声は静かに、しかし鋭く胸に突き刺さる。

京は震える唇を噛み、答えることができなかった。
心の奥では「間違っている」と叫んでいたが、その声はどうしても外へ出てこなかった。

沈黙を見て、律さんの表情が冷ややかに歪む。
「……そう。なら、もう京はいらないわね」

その言葉が、刃のように京の心臓を切り裂いた。
顔を上げることもできず、ただ震える肩を抱きしめて俯くしかない。

律さんは立ち上がると、静かに部屋の隅に置かれていた水桶を手に取った。
そして、何のためらいもなく京の頭上から冷水を浴びせた。

「私を悲しませる子は、悪い子。悪い子は必要ない」
言葉は柔らかいのに、声には冷たい断絶があった。

京の体は一瞬で冷え、髪から滴る水が畳を濡らす。
全身が震え、呼吸はさらに浅くなる。
喉からは小さな嗚咽が漏れるだけで、言葉は出ない。

律さんはその様子を見下ろし、ふっと吐息を漏らした。
「ここで反省しなさい。そして私に愛されたいのなら、いい子に戻りなさい」

そう言い残すと、部屋の扉を外側から施錠する音が響いた。
足音が遠ざかり、残されたのは冷たく濡れた畳と京の震えだけだった。

――真っ暗な夜。
体は冷え切り、服は重く張り付き、震えは止まらない。
何度も目を閉じても眠れず、浅い呼吸が途切れ途切れになる。
京は心の奥で声を外に出せないまま夜を越えた。