放課後、部活を終えて帰ろうとしたら一ノ瀬が駆け寄ってきた。


「……一緒に、帰っていい?」


 見上げた一ノ瀬は悲しそうな顔をしている。

 後ろを見ても、サッカー部の人は誰もいなかった。

 ……女マネも、メイサちゃんも。


「……いいけど、1個、お願い聞いて」

「何?」

「私の前でメイサちゃんの話しないで」

「え?」

「名前も呼ばないで」

「……わかった。柊が、そうしてほしいなら」

「お願いします」


 一ノ瀬と並んで駅に向かう。

 でも、お互いに何も言わなかった。

 冷たい秋の風が吹き抜けた。

 そのまま駅について、改札の少し前で一ノ瀬が立ち止まる。


「……あと、25日なんだけどさ」

「うん」

「柊は、俺のこと、嫌い?」

「……嫌いじゃないから、困ってる」


 一ノ瀬の目が丸くなる。

 何か言われる前に、一ノ瀬の制服の袖を指先でつまんだ。


「……逃げてて、ごめん。明日って部活ある?」

「ない。ないけど、来るよ」

「わかった。じゃあ、10時半くらいに中庭でいい?」

「うん。絶対に行く」


 指先を離す。

 その瞬間、一ノ瀬に手を取られた。

 一ノ瀬の手は、大きくて、熱い。


「ちゃんと、聞かせて。柊が何を思ってたか」


 そのまま手のひらに唇が寄せられた。

 ……ここ、駅のど真ん中なのに、一ノ瀬は気にもしないで、私を見つめている。

 ダメだ。

 私はもう、この瞳から逃げられない。


 ――逃げたくない。