昼休み、トイレから出たところで一ノ瀬とぶつかりそうになる。

 転ぶ前に腕を掴まれて、なんとか立て直す。


「わ、ごめん」

「ううん、こっちこそ」


 一ノ瀬は手を離さない。

 掴まれた手が熱い。


「柊、なんか変じゃない?」

「失礼だなー。いつもどおりだよ」

「そうじゃなくてさ……あと40日で、俺ちょっと焦ってるんだよ」

「そうなんだ?」


 何を言ってるんだろう。

 そんなの知らないよ、もう。


「ねえ、柊。本気出していい?」

「今までは本気じゃなかったの?」

「そうじゃなくて! そうじゃなくて……」

「痛いって。手、離して」

「えっ、あ、ごめん……」

「一ノ瀬って、誰にでも優しいんだよね」

「は?」

「ごめん。なんでもない。私、行くね」


 笑って一ノ瀬から離れる。

 教室に戻って次の授業の準備をする。


「莉子ち、なんかあった?」


 結が私を覗き込んだ。


「なんもないよ」

「んー……なんか、しょんぼりして見えたんだよね」

「してないよ。大丈夫」


 全然、大丈夫。

 最初から、わかってたことだし。

 私がかわいくないのも、一ノ瀬に好きになってもらえるような女の子じゃないのも。