早朝、中庭の花壇に水をあげてたら、足音がした。

 振り向いて、後悔する。


「柊、おはよう」


「……おはよ」


 体操服姿の一ノ瀬が、手を振りながらやってくる。

 朝練が終わったところっぽい。


「柊も朝練?」


「練習じゃないけど、朝の部活」


「園芸部だろ? 夏休みも毎日水やりしてたよな」


「なんで知ってんの」


「俺も毎日部活してたし。さっきまでミニゲームしてたんだけどさ」


「へえ」


「もーちょっと興味持ってくんないかなあ。あ、あと97日ね」


「ウザ」


 「ひでえなー」なんて笑いながらも、一ノ瀬は私の隣から動かない。

 さっさと教室に行けばいいのに。


「颯ー! 荷物置きっぱなしー!」


 校庭のほうから女の子の声が聞こえた。

 マネージャーのメイサちゃんだ。

 背が高くて、目がぱっちりしてて、かわいくて、男の子たちによく囲まれてる子。

 女友達も多くて明るくて……つまり、私とは正反対の人気者。


「今、好きな子口説いてるとこだから、後にして!」


「そういうの、いいから」


 つい、冷たい言い方になった。

 仕方ない。

 だって、私とは住む世界が違う。


 一ノ瀬はムスッと唇を尖らせて私の顔を覗き込む。


「柊」


「なに」


「好きになって、俺のこと」


「だからっ!」


「また、教室でな」



 走っていく背中に、水をぶっかけてやりたかった。