少しずつだけれど、魔力が戻ってきてなんだか気持ちも落ち着いてきたように思う。
ジーク領での暮らしも慣れてきて、このままいけば魔法が使えるようになるのではないかと期待している。
でも……。
「やっぱり、まだダメか……」
魔力が戻ってきているのは感じる。
けれど、魔法が使えるまでにはなっていなかった。
畑の野菜たちを前に小さくため息を吐く。
まだまだ時間がかかりそうだな。
もし、魔力が戻っても魔法が使えなかったらどうしよう。
そんな不安が頭をよぎっていた。
「ティアさん、もう日が沈みますよ。屋敷に戻りましょう」
「あ、はい。すみません」
一人畑でいろいろと試していたけれど、けっこう時間が経っていたようでユリウス様が呼びにきた。
「焦る必要はないと思いますよ。好きなだけここにいてくれてかまいませんから」
「ありがとうございます」
焦っていること、ユリウス様にばれているようだ。
でも、ここに来てもう随分経っている。
暮らしに不便があるわけではないけれど、どうしても考えてしまう。
王都にいる、シオン様のことを。
シオン様は今、どうしているだろう。
クラウド様と二人で仲良くやっているだろうか。
考えるだけで、寂しさがこみ上げてくる。
別れを選んだのは私なのに、こんなに未練がましいなんて自分が情けない。
そんなことを思い、俯きながら歩いていると、ユリウス様が突然足を止めた。
顔をあげると、目の前には見覚えのある魔法陣が浮かび上がっていた。
「え……」
私は咄嗟に畑へ向かって走り出していた。
うそ。なんで? どうしてここに?
逃げる場所なんてないのに、ただひたすらに走った。
「ティア!」
私の足で逃げ切れるわけもなく、後ろから強く腕を掴まれる。
掴まれた腕をそのままに、俯いたまま動けない。
「どうして逃げるの?」
シオン様の息は少しだけあがっていて、手は震えている。
私は振り返ることも、返事をすることもできない。
顔を見てしまうと、気持ちが溢れ出てしまいそうだったから。
「そんなに、僕に会うのが嫌だった?」
「違います!」
嫌なわけない。
会いたかった。会いにいきたかった。
でも、そんなことできなかった。
「ティア、こっち向いて」
そっと腕を引かれ、ゆっくりと向かい合う。
抵抗することはしない。けど、顔を上げることができない。
「ねえティア、約束は守れてる?」
「約束……?」
「幸せになるっていう約束だよ。僕はさ、守れそうにないんだ」
その優しくも悲し気な声に、やっと私は顔を上げた。
「シオン様は今、幸せではないのですか? 愛する人と一緒にいるのではないのですか?」
「ティアはさ、何か勘違いしているよ。僕が愛しているのはずっとティアだけだよ。これからも、この先もずっと」
「え……どういうことでしょうか?」
シオン様が愛しているのはクラウド様ではなく、私?
ずっと、とはいつからのことを言っているのだろう。
「僕は学園時代からずっと、ティアのことが好きだよ」
「そんな! 私はシオン様とクラウド様が思い合っていると……」
「え? クラウド?! はあ、そういうことか……」
シオン様は驚いた顔をしたあと、額に手を当て頭を抱える。
じゃああの時は、とか、あれはそういう意味か、とかぶつぶつと言っている。
「ティアは、誰が好きなの?」
「私は、シオン様が好きです」
気付いたのは遅かったけれど、これは胸を張って言える。
私は、シオン様が好きだと。
すると次の瞬間、シオン様の温かい腕に包まれた。
「僕たちさ、離れる理由なんてないじゃない?」
「ですが私、魔法が使えません……」
「それは気にしないでって言ったでしょ。だって僕たち愛し合ってるんだ。夫婦になるのにそれ以上の理由なんてないよ。……でも、ティアが気にして後ろめたいのなら、どうにかしたいと思ってる」
「どうにか、とは?」
シオン様はポケットから、小さな木の実を取り出した。
殻に入ったままで、どんな木の実かはわからない。
「これは、魔力を吸収して育つ木の実なんだよ」
「吸収、ですか?」
そんな木の実があるなんて知らなかった。
でもこれを使ってどうするつもりだろう。
魔力を戻すのに、吸収するなんて……。
「ユリウスに、頼みにいこうか」
私たちは、ユリウス様のところへ戻った。
少し離れたところで待っていてくれて、シオン様の話を聞くと、快く了承してくれた。
先ほどの木の実を畑に埋め、土壌に作用している私の魔力を吸収させるのだという。
魔力を吸収してしまえば土の質が変わってしまう。けれど、そんなことは気にしなくていいとユリウス様は言ってくれた。
数分ほどで掘り起こすと、木の実は殻ごと大きくなり、割れ目が見えていた。
「ちゃんと、吸収してくれたみたいだ」
シオン様は殻を割り、中の実を出すとを私の手の上に置く。
魔力を吸収することで成長し、食べることによって蓄えた魔力が体に定着するのだと教えてくれた。
「食べてみて。あまり、美味しくはないかもしれないけど……」
「大丈夫です。ありがとうございます」
私は実を口に入れた。たしかに固くて苦味がある。
けれど飲み込んだ瞬間、温かいものが身体を巡る。
「身体の調子はどう?」
「すごく熱いです。でも、少しずつ馴染んでいくような感覚があります」
なんだか、身体が満ちているような、不思議な感覚だ。
これで、魔力が戻ったのだろうか。
私は、野菜に成長魔法をかけてみた。
魔力が野菜たちに流れていっているのがわかる。
「成長、してる……」
以前のような急速な成長ではなかったけれど、小さな芽が茎を伸ばし、葉を広げ、確実に成長していた。
「ティア、すごいよ」
シオン様も自分のことのように喜んでくれている。
一連の様子を見ていたユリウス様もホッとした表情で私を見る。
「ところでシオンさん、ヴェルシードの実なんてどうやって手にいれたんですか?」
この木の実はヴェルシードというんだ。聞いたことないな。
「そんなに、珍しいものなのですか?」
「この国には生息しない植物ですよ。遠い東の国にしかありません」
「え? まさか、そんなところまで?」
「少しでも、ティアのためにできることをしたかったんだ」
私のために、そんな遠いところまでこの木の実を探しに行ってくれていたんだ。
「シオン様……ありがとうございます」
完全に力が戻ったわけではないけれど、魔法が使えることがわかった。
それだけでも、心が随分と軽くなった。
そして、シオン様の本当の想いを知ることができた。
「ティア、僕のところに帰ってきてくれる?」
「はい――」
ジーク領での暮らしも慣れてきて、このままいけば魔法が使えるようになるのではないかと期待している。
でも……。
「やっぱり、まだダメか……」
魔力が戻ってきているのは感じる。
けれど、魔法が使えるまでにはなっていなかった。
畑の野菜たちを前に小さくため息を吐く。
まだまだ時間がかかりそうだな。
もし、魔力が戻っても魔法が使えなかったらどうしよう。
そんな不安が頭をよぎっていた。
「ティアさん、もう日が沈みますよ。屋敷に戻りましょう」
「あ、はい。すみません」
一人畑でいろいろと試していたけれど、けっこう時間が経っていたようでユリウス様が呼びにきた。
「焦る必要はないと思いますよ。好きなだけここにいてくれてかまいませんから」
「ありがとうございます」
焦っていること、ユリウス様にばれているようだ。
でも、ここに来てもう随分経っている。
暮らしに不便があるわけではないけれど、どうしても考えてしまう。
王都にいる、シオン様のことを。
シオン様は今、どうしているだろう。
クラウド様と二人で仲良くやっているだろうか。
考えるだけで、寂しさがこみ上げてくる。
別れを選んだのは私なのに、こんなに未練がましいなんて自分が情けない。
そんなことを思い、俯きながら歩いていると、ユリウス様が突然足を止めた。
顔をあげると、目の前には見覚えのある魔法陣が浮かび上がっていた。
「え……」
私は咄嗟に畑へ向かって走り出していた。
うそ。なんで? どうしてここに?
逃げる場所なんてないのに、ただひたすらに走った。
「ティア!」
私の足で逃げ切れるわけもなく、後ろから強く腕を掴まれる。
掴まれた腕をそのままに、俯いたまま動けない。
「どうして逃げるの?」
シオン様の息は少しだけあがっていて、手は震えている。
私は振り返ることも、返事をすることもできない。
顔を見てしまうと、気持ちが溢れ出てしまいそうだったから。
「そんなに、僕に会うのが嫌だった?」
「違います!」
嫌なわけない。
会いたかった。会いにいきたかった。
でも、そんなことできなかった。
「ティア、こっち向いて」
そっと腕を引かれ、ゆっくりと向かい合う。
抵抗することはしない。けど、顔を上げることができない。
「ねえティア、約束は守れてる?」
「約束……?」
「幸せになるっていう約束だよ。僕はさ、守れそうにないんだ」
その優しくも悲し気な声に、やっと私は顔を上げた。
「シオン様は今、幸せではないのですか? 愛する人と一緒にいるのではないのですか?」
「ティアはさ、何か勘違いしているよ。僕が愛しているのはずっとティアだけだよ。これからも、この先もずっと」
「え……どういうことでしょうか?」
シオン様が愛しているのはクラウド様ではなく、私?
ずっと、とはいつからのことを言っているのだろう。
「僕は学園時代からずっと、ティアのことが好きだよ」
「そんな! 私はシオン様とクラウド様が思い合っていると……」
「え? クラウド?! はあ、そういうことか……」
シオン様は驚いた顔をしたあと、額に手を当て頭を抱える。
じゃああの時は、とか、あれはそういう意味か、とかぶつぶつと言っている。
「ティアは、誰が好きなの?」
「私は、シオン様が好きです」
気付いたのは遅かったけれど、これは胸を張って言える。
私は、シオン様が好きだと。
すると次の瞬間、シオン様の温かい腕に包まれた。
「僕たちさ、離れる理由なんてないじゃない?」
「ですが私、魔法が使えません……」
「それは気にしないでって言ったでしょ。だって僕たち愛し合ってるんだ。夫婦になるのにそれ以上の理由なんてないよ。……でも、ティアが気にして後ろめたいのなら、どうにかしたいと思ってる」
「どうにか、とは?」
シオン様はポケットから、小さな木の実を取り出した。
殻に入ったままで、どんな木の実かはわからない。
「これは、魔力を吸収して育つ木の実なんだよ」
「吸収、ですか?」
そんな木の実があるなんて知らなかった。
でもこれを使ってどうするつもりだろう。
魔力を戻すのに、吸収するなんて……。
「ユリウスに、頼みにいこうか」
私たちは、ユリウス様のところへ戻った。
少し離れたところで待っていてくれて、シオン様の話を聞くと、快く了承してくれた。
先ほどの木の実を畑に埋め、土壌に作用している私の魔力を吸収させるのだという。
魔力を吸収してしまえば土の質が変わってしまう。けれど、そんなことは気にしなくていいとユリウス様は言ってくれた。
数分ほどで掘り起こすと、木の実は殻ごと大きくなり、割れ目が見えていた。
「ちゃんと、吸収してくれたみたいだ」
シオン様は殻を割り、中の実を出すとを私の手の上に置く。
魔力を吸収することで成長し、食べることによって蓄えた魔力が体に定着するのだと教えてくれた。
「食べてみて。あまり、美味しくはないかもしれないけど……」
「大丈夫です。ありがとうございます」
私は実を口に入れた。たしかに固くて苦味がある。
けれど飲み込んだ瞬間、温かいものが身体を巡る。
「身体の調子はどう?」
「すごく熱いです。でも、少しずつ馴染んでいくような感覚があります」
なんだか、身体が満ちているような、不思議な感覚だ。
これで、魔力が戻ったのだろうか。
私は、野菜に成長魔法をかけてみた。
魔力が野菜たちに流れていっているのがわかる。
「成長、してる……」
以前のような急速な成長ではなかったけれど、小さな芽が茎を伸ばし、葉を広げ、確実に成長していた。
「ティア、すごいよ」
シオン様も自分のことのように喜んでくれている。
一連の様子を見ていたユリウス様もホッとした表情で私を見る。
「ところでシオンさん、ヴェルシードの実なんてどうやって手にいれたんですか?」
この木の実はヴェルシードというんだ。聞いたことないな。
「そんなに、珍しいものなのですか?」
「この国には生息しない植物ですよ。遠い東の国にしかありません」
「え? まさか、そんなところまで?」
「少しでも、ティアのためにできることをしたかったんだ」
私のために、そんな遠いところまでこの木の実を探しに行ってくれていたんだ。
「シオン様……ありがとうございます」
完全に力が戻ったわけではないけれど、魔法が使えることがわかった。
それだけでも、心が随分と軽くなった。
そして、シオン様の本当の想いを知ることができた。
「ティア、僕のところに帰ってきてくれる?」
「はい――」



