国王様の挨拶が終わり、次はダンスが始まる。
シオン様は私に手を差し出してきた。
けれど……
「い、いたたたた……」
「ティア? どうしたの? 大丈夫?」
「お腹が、痛いのです……」
「それは大変だね今すぐ医務室に――」
「お手洗いに! 行きたいです」
「じゃあ、一緒に――」
「一人で! 行きます」
「でも、心配だよ」
「恥ずかしいので! その……察していただけると……」
心配してくれているのはわかってるけど、付いて来られると作戦が成り立たない。
シオン様は無理強いをするタイプではないので、これ以上は食い下がってこないはず。
「そっか……わかった」
やっぱり! さすがシオン様。
「ここで、待っていてください。必ずここで!」
お腹を抱え、厠に行く振りをして立ち去る。
シオン様、上手く騙されてくれた。申し訳ない気もするけど、これもお二人のため。
私はそのままお腹の痛い振りをして、クラウド様のところへ行く。
「クラウド様」
「ティア嬢、どうかしたのか」
「私、お腹がとってもとっても痛いのです」
「それは大変だな」
「なので、シオン様とダンスを踊ってきていただけませんか?」
これは、シオン様とクラウド様に踊っていただくための仮病作戦。
けれどクラウド様は怪訝そうな顔をする。
「はあ?! なんでだよ」
「今から私、厠に籠らなければいけないのです。そしたら、シオン様がダンスを踊れなくなります」
「別に踊らなくていいんじゃないか」
「だめです! 公爵家当主であるシオン様が踊らないなんて国王様にお顔が立ちません」
「そうかあ?」
「そうです! ですが、私は踊れません。かと言って他の女性とシオン様が踊るなんて絶対にだめです。ここは、クラウド様しかいないのです! お願いします! お願いしますぅぅぅ」
ここで了承してもらわないとなんの意味もない。
でも、なかなか頷いてくれないクラウド様に焦りが出て、思わず袖を掴みすがってしまう。
「わ、わかったから。ちょっと離れろよ。あいつに見られたら面倒だから」
言われてハッとなる。
そうだ、シオン様に見られてしまったら、私たちの仲を勘違いされて、この作戦が台無しだ。
でも、了承してもらえたし、よしとしよう。
「今、わかったと言いましたよね?! では、私は籠ってきますので、シオン様のお相手、よろしくお願いしますね! 絶対絶対踊ってくださいね!」
念を押しながらお腹を抱え、その場を立ち去る。
厠に行く振りをして、会場の外に出て窓から様子を窺うことにした。
良かった。クラウド様、ちゃんとシオン様のところへ行ってくれた。
そして二人はしばらく会話を交わすと――手を取り合い踊り始めた。
「きゃああああ! お二人が踊ってる!」
尊い! なんて尊いの!
よく見ると、会場にいる他のご令嬢たちも目を輝かせお二人を見ている。
そうだよねそうだよね。お似合いだよね。
踊っている間も途切れることなく仲睦まじく会話を交わすお二人に、この作戦を決行して良かったと心から思った。
じっと見ていると、後ろからトントンと肩を叩かれる。
振り返ると、中性的な顔立ちの可愛らしい男性がいた。
「えっと……ユリウス、様……?」
「お久しぶりです。覚えていてくれて嬉しいです」
ジーク辺境伯家のご子息で、学園時代はよく私の研究について尋ねてくることがあった。
とても興味深そうに話を聞いてくれるので、調子に乗って話し過ぎたりなんかもしていたな。
「もちろん覚えていますよ。お久しぶりです」
「ティアさん、良かったら少しお話しませんか。相談したいことがあるのです――」
◇ ◇ ◇
「どうしてクラウドどダンスを踊らないといけないの」
「ティア嬢がどうしても踊れって言うんだよ」
「ティアと話したの?!」
「ああ。腹痛いから籠ってくるってどっか行ったけど」
厠に行く前にクラウドと会ったんだ。
でも、どうしてダンスを踊れなんて……。
ティアと踊るのを楽しみにしていたのに。
今日の彼女は本当に綺麗だった。
いや、いつも綺麗なのだけど、僕の選んだドレスに身を包み着飾った姿は誰にも見せたくないほど美しい。
そんなことはできないから彼女は僕のものだと見せつけないと、と思っていたのに。
どうしてこんなことに……。
クラウドと手を取り、ステップを踏む。どちらも引かず男性側の動きをして同じことを繰り返している。
なんなんだこれは。
会場に入ったあと、ティアはご令嬢に声をかけられるクラウドのことを気にしていた。
まさか、他の女性とクラウドが踊ることが嫌で、それで僕と躍らせている?
「それにしたってどうして了承したのさ」
「まあ、なんか面白そうだったし」
「面白くないでしょ」
「でもティア嬢は喜ぶんじゃねえの。なんかこういうの好きそうだったし」
こういうのっていったい何のことだろう。
クラウドに聞くけれど、頑なに教えてはくれない。
なんだか、二人だけの秘密があるみたいで腹が立つ。
あとでティアに聞こう。
よくわからないけれど、今はティアの望み通りこいつと踊ることにしておく。
一曲目が終わり、二曲目が始まったけれど、さすがにもう踊らない。
周りの視線もなんだかおかしかったし。
クラウドは警備の仕事に戻っていった。
それにしても、戻ってくるの遅いな。そんなにお腹の調子が悪いのだろうか。
恥ずかしいからこないで欲しいと言われたけど、やっぱり様子を見に行こう。
会場を出て、厠へと向かう。
ちょうど出てきた女性がいたから中にずっと籠っている人はいないか聞いてみた。
「もう中には誰もいませんよ」
どういうこと?
王宮内を探し回るけれど、どこにもいない。
ティア、どこにいるの?!
「シオン!」
そこに、慌てた様子でクラウドが走ってくる。
「ティアがどこにもいないんだ!」
「それなんだけど、これティア嬢が付けてたやつじゃないか」
それは、ティアが選んだネックレスだった。
「どうして……」
「見回りしてたら落ちてるのを見つけたんだ」
いくらお腹が痛いといえ、ネックレスを落としてどこかへ行くとは考えられない。
「誰かに、攫われた?」
「俺たちも探す」
「ありがとう……」
ティア、すぐに見つけ出すから、どうか無事でいて――
シオン様は私に手を差し出してきた。
けれど……
「い、いたたたた……」
「ティア? どうしたの? 大丈夫?」
「お腹が、痛いのです……」
「それは大変だね今すぐ医務室に――」
「お手洗いに! 行きたいです」
「じゃあ、一緒に――」
「一人で! 行きます」
「でも、心配だよ」
「恥ずかしいので! その……察していただけると……」
心配してくれているのはわかってるけど、付いて来られると作戦が成り立たない。
シオン様は無理強いをするタイプではないので、これ以上は食い下がってこないはず。
「そっか……わかった」
やっぱり! さすがシオン様。
「ここで、待っていてください。必ずここで!」
お腹を抱え、厠に行く振りをして立ち去る。
シオン様、上手く騙されてくれた。申し訳ない気もするけど、これもお二人のため。
私はそのままお腹の痛い振りをして、クラウド様のところへ行く。
「クラウド様」
「ティア嬢、どうかしたのか」
「私、お腹がとってもとっても痛いのです」
「それは大変だな」
「なので、シオン様とダンスを踊ってきていただけませんか?」
これは、シオン様とクラウド様に踊っていただくための仮病作戦。
けれどクラウド様は怪訝そうな顔をする。
「はあ?! なんでだよ」
「今から私、厠に籠らなければいけないのです。そしたら、シオン様がダンスを踊れなくなります」
「別に踊らなくていいんじゃないか」
「だめです! 公爵家当主であるシオン様が踊らないなんて国王様にお顔が立ちません」
「そうかあ?」
「そうです! ですが、私は踊れません。かと言って他の女性とシオン様が踊るなんて絶対にだめです。ここは、クラウド様しかいないのです! お願いします! お願いしますぅぅぅ」
ここで了承してもらわないとなんの意味もない。
でも、なかなか頷いてくれないクラウド様に焦りが出て、思わず袖を掴みすがってしまう。
「わ、わかったから。ちょっと離れろよ。あいつに見られたら面倒だから」
言われてハッとなる。
そうだ、シオン様に見られてしまったら、私たちの仲を勘違いされて、この作戦が台無しだ。
でも、了承してもらえたし、よしとしよう。
「今、わかったと言いましたよね?! では、私は籠ってきますので、シオン様のお相手、よろしくお願いしますね! 絶対絶対踊ってくださいね!」
念を押しながらお腹を抱え、その場を立ち去る。
厠に行く振りをして、会場の外に出て窓から様子を窺うことにした。
良かった。クラウド様、ちゃんとシオン様のところへ行ってくれた。
そして二人はしばらく会話を交わすと――手を取り合い踊り始めた。
「きゃああああ! お二人が踊ってる!」
尊い! なんて尊いの!
よく見ると、会場にいる他のご令嬢たちも目を輝かせお二人を見ている。
そうだよねそうだよね。お似合いだよね。
踊っている間も途切れることなく仲睦まじく会話を交わすお二人に、この作戦を決行して良かったと心から思った。
じっと見ていると、後ろからトントンと肩を叩かれる。
振り返ると、中性的な顔立ちの可愛らしい男性がいた。
「えっと……ユリウス、様……?」
「お久しぶりです。覚えていてくれて嬉しいです」
ジーク辺境伯家のご子息で、学園時代はよく私の研究について尋ねてくることがあった。
とても興味深そうに話を聞いてくれるので、調子に乗って話し過ぎたりなんかもしていたな。
「もちろん覚えていますよ。お久しぶりです」
「ティアさん、良かったら少しお話しませんか。相談したいことがあるのです――」
◇ ◇ ◇
「どうしてクラウドどダンスを踊らないといけないの」
「ティア嬢がどうしても踊れって言うんだよ」
「ティアと話したの?!」
「ああ。腹痛いから籠ってくるってどっか行ったけど」
厠に行く前にクラウドと会ったんだ。
でも、どうしてダンスを踊れなんて……。
ティアと踊るのを楽しみにしていたのに。
今日の彼女は本当に綺麗だった。
いや、いつも綺麗なのだけど、僕の選んだドレスに身を包み着飾った姿は誰にも見せたくないほど美しい。
そんなことはできないから彼女は僕のものだと見せつけないと、と思っていたのに。
どうしてこんなことに……。
クラウドと手を取り、ステップを踏む。どちらも引かず男性側の動きをして同じことを繰り返している。
なんなんだこれは。
会場に入ったあと、ティアはご令嬢に声をかけられるクラウドのことを気にしていた。
まさか、他の女性とクラウドが踊ることが嫌で、それで僕と躍らせている?
「それにしたってどうして了承したのさ」
「まあ、なんか面白そうだったし」
「面白くないでしょ」
「でもティア嬢は喜ぶんじゃねえの。なんかこういうの好きそうだったし」
こういうのっていったい何のことだろう。
クラウドに聞くけれど、頑なに教えてはくれない。
なんだか、二人だけの秘密があるみたいで腹が立つ。
あとでティアに聞こう。
よくわからないけれど、今はティアの望み通りこいつと踊ることにしておく。
一曲目が終わり、二曲目が始まったけれど、さすがにもう踊らない。
周りの視線もなんだかおかしかったし。
クラウドは警備の仕事に戻っていった。
それにしても、戻ってくるの遅いな。そんなにお腹の調子が悪いのだろうか。
恥ずかしいからこないで欲しいと言われたけど、やっぱり様子を見に行こう。
会場を出て、厠へと向かう。
ちょうど出てきた女性がいたから中にずっと籠っている人はいないか聞いてみた。
「もう中には誰もいませんよ」
どういうこと?
王宮内を探し回るけれど、どこにもいない。
ティア、どこにいるの?!
「シオン!」
そこに、慌てた様子でクラウドが走ってくる。
「ティアがどこにもいないんだ!」
「それなんだけど、これティア嬢が付けてたやつじゃないか」
それは、ティアが選んだネックレスだった。
「どうして……」
「見回りしてたら落ちてるのを見つけたんだ」
いくらお腹が痛いといえ、ネックレスを落としてどこかへ行くとは考えられない。
「誰かに、攫われた?」
「俺たちも探す」
「ありがとう……」
ティア、すぐに見つけ出すから、どうか無事でいて――



