スタート位置にしゃがみこみながら、隣のレーンの子のフォームをこっそり真似してみる。

 背筋の角度や腕の振り方……こうやって見ると、走るって案外「形」なんだなと思う。

 昔から運動音痴だけど、形だけなら覚えられるかもしれない。

 とは言え、今はそんな猶予があるはずもなく‥‥。

 =お姉ちゃん、変わってくれないかな=

 =別にいいけど=

 「え、本当に⁉」

 思わず声が出てしまった。

 =全く、仕方ないんだから。いい? よく見てなさいよ!=

 =うん! ありがとう!=

 変わった所で元は私の体。どうしようもないかと。

 「では、位置について!」

 十人程並んでるこの状態の時、私の体は既にお姉ちゃんがコントロール中。

 両手をついて後ろ足を後ろに伸ばして踏ん張ってる姿勢。

 「用意……スタート!」

 「!」

 ダッシュして抜け出したのは何と私。低姿勢で両手を振って颯爽と駆けていく。ほんの百メートル……数秒の事なんだけど、それが

 とても長い時間に感じる。

 私は確かに自分では体を動かしてないけど、それでも疲労とか苦しさは感じる。それでも、私は……お姉ちゃんの操る私の体は走る

 事を止めない。私ならもうギブアップして歩いてるのに……。

 お姉ちゃんは諦めない。

 =…………=

 ゴールした途端に、コントロールが戻る。

 「ぐはっ!」

 もはや立つ事も出来なくてその場に倒れる。

 先生達が駆け寄ってきたのだけは何となく見えた。

 「もう……やりすぎだって……」

 意識を失って倒れた……んだってさ。

 


 それでね、しばらくして目を覚ましたんだけど、最初に見えたのは、見た事のない天井の模様だったから、ここが何処か分からなかったの。

 「…………」

 誰か椅子に座ってこっちを見てる。

 「目を覚ました?」

 その人は聞いてきた。若い男の声。多分、学生だ。

 「えっと……はい、おはようございます」

 ……などと、寝起きだと、わけのわからない事を口走ってしまうのが私の悪い癖。

 「保健の先生は外出中で、保健委員の僕が代わりに留守番してたんだ」

 体育のジャージの上にフード付きのパーカーを羽織っている彼は、保健委員には見えなかったけど、笑みを浮かべながら、静かに話

 す、その口調は、耳にすると心が安らぐ気がする。

 さすが保健委員。

 「そうなんですか。すみません」

 ベッドから降りようとしたけど、まだフラっときて慌てて手すりを掴んだ。