【短】谷底のカスミソウ ―Valor VS Malice―



 顔を上げてまばたきをすると、すこしゆがんだ視界に、赤い顔をそむけて、口元に手の甲を当てている一改くんの姿が見えた。




「…連絡先、教えるから。今度は、こんなとこじゃなくて…もっと、安全なとこで」




 つい、と私に向いた視線。

 言葉にしなくても、“会おう”と言ってくれていることが伝わって、私は目を見開いた。




「い、いいんですか…っ?私なんか…」


「…あんた、名前は?」


「あ…薄葉(うすば)、薄葉かすみです…っ」




 ポロ、とまたあふれた涙がほおを伝っていくと、一改くんは一歩私に近づいて、「俺は反町(そりまち)一改(いっかい)」とあらためて自己紹介をする。

 そして、私の頭を胸に抱き寄せた。




「あぶない目に()ったのに、Malice(マリス)に近づくし…こんな、ボロ泣きするし…なんか、放っておけねぇから。…かすみのこと、見ておく」


「…っ」