【短】谷底のカスミソウ ―Valor VS Malice―



「それに…初めて助けた相手が、こんなふうに感謝を伝えに来てくれて…なんつーか、うれしい」




 首に手を当てながら、一改(いっかい)くんはほほえんで私を見る。

 その瞬間、どうしてかはわからないけれど。

 ツン、と鼻の(おく)が痛くなって、(なみだ)があふれた。




「えっ…わるい、なんか いやなこと言ったか…!?」


「いえ…あの、私も、よくわからなくて…ごめんなさい…」




 ギョッと目を見開いてあわてる一改くんから視線を外して、涙をこらえるようにギュッと目をつぶる。

 いやなことを言われたわけじゃない。

 むしろ、胸がいっぱいになって…この気持ちを、なんて言ったらいいのかわからないの。


 一改くんをこまらせるなんて いやだから、涙を止めたいのに、止まらない。

 ほおを伝う涙を指でぬぐっていると、ポン、と頭に軽い感触が乗った。

 目を開けて顔を上げれば、一改くんがこまった顔でぎこちなく私の頭をなでる。