【短】谷底のカスミソウ ―Valor VS Malice―

「だから、あの日…初めて、一改くんに体を張って助けてもらえて、私、世界が塗り替わったような気がしました」




 両手で胸を押さえて、今も目に焼き付いている、あの日の一改くんを、閉じたまぶたの裏に思い返した。




「“不運”…ううん、“理不尽”から、助けてくれる人がいるんだって。私、どうしても…一改くんにお礼を伝えたくて」




 目を開けて、目の前に立っている一改くんをまっすぐに見つめる。

 眉を下げてほほえみながら、「Malice(マリス)に来るのが遅くて、一改くんとはすれちがってしまいましたが」と言うと、一改くんは目を見開いた。




「あんた…俺に礼を言うために、Malice(マリス)に近づいたのか!?」


「…はい」




 コクリとうなずけば、一改くんは口を開けたまま、言葉を失ったようにだまりこむ。




「正体を隠していて、ごめんなさい。成り行きとは言え、Malice(マリス)の一員になってしまったから…私だって知られたら、話を聞いてもらえなくなると思って」