【短】谷底のカスミソウ ―Valor VS Malice―



「それ以上近づけば、この女の首に傷がつくぞ!」




 倉庫から出てきたValor(ヴァラー)の人たちに見せつけるように、ひらひらと振られたナイフは、私の首筋に引き寄せられた。

 バクバクと心臓が音を立てて、呼吸が浅くなる。




「…そいつを離せ」




 けわしい顔をして立ち止まるValor(ヴァラー)の人たちのなかから、涼やかな黒髪の一改(いっかい)くんが姿を現した。

 遠くても、一改くんの顔を見たら、“助けて”と、先ほど初めて口にした言葉が胸のなかにあふれ出す。




「一改…生意気な裏切り者が。いいぞ。おまえ1人だけ、近づくことを許してやる。こっちに来い!」


「…」


「一改…!」




 一改くんはValor(ヴァラー)の人の心配に応えるように片手を上げて、まっすぐにこちらを見ながら歩いてきた。

 夕焼け空を背負い、あと数歩で伸ばした手がふれる、という距離まで一改くんが近づくと、とつぜんMalice(マリス)の総長の手がカクンと下がる。